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藤ヶ丘高校の東棟三階には、学校らしからぬ静けさに包まれたとあるエリアがあった。
教室前とは異なりブラウン色をした廊下に、黒い重厚そうなドアが両側に一定間隔で並んでいる。天井からは薄黄色の上品な明かり。各ドアには鍵がかかっていて、中に何があるのかは想像することしかできない。
放課後、彰はその中の一室で桜澤と向かい合っていた。
「『この部屋何?』って顔してる? 悪の秘密結社のアジトへようこそ」
『え』
この六畳ほどの空間に桜澤の声が響くことはなかったが、そう言ってキョトンとするのは分かった。
お高めのカフェチェーンにあるような、まずまずの座り心地のイス。それに腰かけた二人の間には、やはりカフェと同程度のサイズ感の丸テーブルが当然のように存在していた。しかし、部屋のムードを決めているのは壁際の小さな本棚だった。四つの段の内二つに黒い布が敷かれ、澄んだ音が鳴る金属の道具や、ギザギザした手の平大の紫水晶が妖しい光を放っていた。
謂わば、学校内での仕事場だ。自由に使ってくれと、一年の時に学校側から鍵を押しつけられたので、こうなった。十中八九、偉大なる母上様とその人脈への忖度だろう。
その辺の事情は勝手に脳内で補ってもらうことにして、彰は改まった表情を作った。
「ここなら話しやすいと思って。任せろってカッコつけといて恥ずかしいんだけど、俺の見立てが違ってたみたい。一旦話聞いてくれるか?」
頷いてはくれたが「コイツ何者だよ」状態に違いない。こちらのバックグラウンドを知らない、それもしゃべらない相手というのは非常にやりにくかった。整った顔立ちが冷ややかに感じられて、変に意識してしまう。
「俺の家って呪術やってる家系でさ、俺もご覧の通り。あ、一応みんなには秘密な?」
彰は軽く咳払いした。
「ここからは仕事モードで。昨日の夜、桜澤さんにかけられていた呪いを解いて、それは成功しました」
『でも』
「術者を問い詰めたところ、その人が使ったのは口内炎ができやすくなる呪いだそうです」
桜澤はハッとした様子で右手を頬に当てた。綺麗な長い指だ。素人の呪いは上手くいっていたらしい。
朝一で一組に寄った後、クラスメイトの竹内に今朝のご機嫌を伺ってみると、地の底から這い上がってくるような声で「頭が割れそう」とのことだった。予想に反して、ネットで発見した呪いが効くのか試したかっただけらしく、桜澤に特に恨みはないそうだ。ただどうも依頼主がいるようだった。守秘義務を盾にして教えてはくれず、何でそこだけプロ意識があるんだと呆れてしまった。
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