売り物の愛は逃げたがり

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 がっ、と頭を掴まれた。奥歯ががつんと鳴り、衝撃によろめく。後ろへ倒れ込みそうになるのを、後退りしなんとか堪えた。 「な、何すん──」  上擦った声を上げる目前に、オウルの顔があった。血のような赤い瞳は、何の表情も浮かべない。凍るような瞳に、リオは思わず言葉を失った。オウルは唸るような低い声を上げる。 「……そうだな。お前の言う通りだ」  薄灰色の頭を掴む手が、その細い髪を握り締める。 「い……てぇって、」 「俺ともなれば、女男構わず引っ掛けて遊ぶくらい造作もねぇ。でもよ、だからって何だ? 俺がお前に声かけて何が悪い?」  髪を引っ張り上げられ、リオは声にならない悲鳴を上げた。奥歯を噛み締め、オウルの瞳を見返す。 「悪いなんて言ってないだろ……! 何キレてんだよ……!」  懸命に意地を張って見せるが、痛みに目が潤んでしまうのは誤魔化せない。ぼやけた視界にオウルの赤い瞳が滲んで見える。それを歯を噛み締めながら睨み返すと、低い舌打ちが耳を掠めた。ぱっ、と髪が解放される。気の緩みと共に、こぼれまいと堪えていた涙が一雫、こぼれ落ちる。  知らぬうちに詰めていた呼吸がようやく意識させられ、リオは脱力して息を繰り返す。オウルは何も言わずに戸口へ向かって行った。 「っ、オウル」  咄嗟に呼び止める。その声の情けない響きに、声を出したことを悔やむが、オウルは律儀に足を止めていた。 「……おう」  低い、喉元で獣が唸るような声。その声に険のないのに少し安心して、けれど続ける言葉の思いつかないことにすぐさま焦りが湧いた。 「……えっと、」  謝罪をするべきなのか、と思う。けれど、何に対して謝ろうとしているのかわからなかった。空虚な謝罪はない方がいい。きっとこの男は、そういう覇気のないのが嫌いだから。  言葉を探して押し黙ったリオに、オウルはゆっくりと首だけで振り返る。 「痛かったか」 「えっ」  労わるような言葉は、気位のやたらと高いオウルにとって、謝罪と並ぶほどの殊勝だったろう。リオは思わず、彼に掴み上げられた髪に触れる。 「……痛、かった」  オウルは軽く頷いた。 「下で待ってる。飯食いに行くぞ」
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