売り物の愛は逃げたがり

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 寒いのは慣れていた。薄すぎる汚れた服も。腹が減るのも。挙げ句、パン屋から盗むのも。慣れっこだった。  その日はパン屋から拳を食らわされ、晴れているのに風が強くて寒くて、肉のない身体はすっかり凍えていた。頭もうまく働かない。治安の悪い路地の片隅で、リオは震えてうずくまっていた。振り返る者もいない。汚い家なし子など、ここでは珍しくもなければ哀れでもなかったから。  ただ、思った。  死ぬのかな、と。  すっからかんの胃袋はもう長いこと痛み続けているし、指先もかじかんでひび割れていて、ぼんやりした思考はモヤがかかって、気がつけば時間が経過していた。  たぶん、死ぬんだろうな。少年リオは思う。なら早く死んでしまいたかった。死んだら、空っぽになる。盗んでまで食べなくて済むし、泥水を舐めなくて済むし、幼虫や道端の草をかじらなくて済む。 「……死んじまえ」  思わず呟いたことさえ、彼は気が付かない。  と、目前に影が差した。通り過ぎると思った影は、そこにじっとしている。警察だろうか。どきなさいと言われるのだろうか。気味の悪いほどやせ細った首を動かし、影の持ち主を見上げる。  それは、真っ白な髪の青年だった。
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