21人が本棚に入れています
本棚に追加
保管
「今日は結婚60年目ですって。…お互い年を取りましたね」
私は細くシワだらけになった、飾り気のない自分の左手をさすった。
「今日ぐらいは付けましょうか」
そう言って薬指に結婚指輪をはめる。
そして、主人の動かない左手薬指にもそっと結婚指輪をはめた。
その手も肉が削げ落ち、指輪がゴソゴソだ。
「手を振れば、飛んで行っちゃいそうですね」
カラカラ、と私が笑う。
主人は黙ったままだ。
主人は5年前脳梗塞を起こし、それ以来意識はあるが、寝たきり状態だ。
今私達は娘夫婦を始め、沢山の人たちに支えられて生きている。
この指輪も、沢山の人たちにお世話になった。
無表情の主人の目から、ひとすじの涙がこぼれた。
「あら。もしかして一緒の事を考えていましたか?」
私はふふっと笑い、指輪を見つめた。
結婚してからこの60年の間に、この指輪は1度切断された他、更年期の頃の指が太ってしまった5年間にジュエリーケースで眠っただけでなく、合計3度紛失した。
最後に紛失した時は、スーパーで買い物をしている時に抜け落ちてしまったらしい。
その日を境に主人の指輪と揃ってジュエリーボックスで保管することになった。
最初のコメントを投稿しよう!