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「あはは、降られちゃったねぇ」
コンビニのビニール傘を片手に、友里はドアの前に突っ立っていた。途中から雨に降られて、コンビニを見つけるまで濡れ続けていたのだろう、髪もVネックのシャツも細身のパンツも、スニーカーも濡れているようだった。
「寒いだろ。ほら、入って」
ドアを開けて見せれば、すまなそうについてくる。
「すいません、床……」
声につられて振り返れば、彼は玄関の床を見下ろして隅っこに立っていた。笑夜は軽く笑って、手を振る。
「いいよ、玄関くらい」
「……でも、すいません」
気にしいの彼に合わせて、笑夜はタオルと替えの服を用意してやり、ついでに風呂を沸かす。タオルで髪を拭きながら、友里はリビングへついて来た。
「暖房つけようか?」
「いや……」
「うん、つけよう。あー、なんか寒いなぁー!」
遠慮ばかりしているのを押し切り、下手な演技なんかしながらリモコンを取り暖房をつけると、不意に友里がちいさく吹き出した。
「え、何?」
きょとんとして振り返れば、友里ははたと口元に手をやり、首を振る。
「あ、いえ……」
「何もなくはないだろ。にやにやしてる」
「あ、えっと……」
口の形を確かめるように、友里が自らの唇をなぞる。
「……怒らないでくれます?」
「場合によるなぁ」
ともすれば怒るようなことを思ったらしい。けれど、臆病そうな青年を笑わせた考えが、気にならないわけはない。
「まぁでも、怒らないよう善処するよ」
で? と視線で促せば、友里は斜め下をちろりと見てから呟くような声で言う。
「なんか、ちょっと、可愛いな……的な……」
「えっどこら辺が?」
今の今まで、とぼけたことはしていても可愛いことをした覚えはない。目を丸くする笑夜に、友里は慌てて両手を振った。
「すいません! なんかえっとほら、俺、結構ズレてるらしいんで! 大丈夫です!」
何について大丈夫と称したのか。そう必死に言われると、逆に大丈夫と思っていないように見える。
「あ、えっと、俺風呂見てくるんで」
勝手にわたわたと慌てる男は、顔も見ずに言って踵を返した。慌てる姿は面白いが、感情のスイッチの入るポイントが分かりづらいところがある。
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