9人が本棚に入れています
本棚に追加
世の中、馬鹿が多いよなぁ、と笑夜は思う。
馬鹿は馬鹿でも、頭のいい馬鹿、つまりはIQや学歴の高い馬鹿はさらにまずい。手に負えない。プライドってのは、つくづく重い病だと思う。難病、医師が誤魔化しの痛み止めばかり処方するような、そんな病。
自分は違う。笑夜にはその自負があった。そんな自負のある奴こそ、手に負えない馬鹿と紙一重だという自覚もあったけれど。
彼にはセフレがいた。
否、いた、というのは妥当ではない。現在進行形で、セフレがいる。おまけに男だ。女に見紛うこともない、れっきとした男。たしかに綺麗な顔はしていたけれど、その声も、ベッドの中でさえ女に化けることはなかった。痩せ型の白い身体も、色気を孕んではあてもやはり女性と間違えようもない。
ただ──偶然だった。本当に、偶然。
夜中に目が覚めて、寝付けなくて、軽く外へ出た。夜気に当たって、ついでにコンビニで翌日の朝ご飯でも買いに行こうかな、とゆっくりと歩いていたのだ。そうしたら。
車道を兼ねた大きな橋の途中、中途半端なところに、彼がいた。ぼんやりと、欄干に腕を預けて、川なのか夜景なのかを、見つめていた。
あ、これ、まずいかも。笑夜はあちゃーと顔を顰める。嫌な予感は大抵起こらないというけれど、起こってしまえば後が厄介だ。
刺激しないよう、意識もさせないよう、笑夜は何気なくそばまで歩き、すれ違うほどの距離で、その肩に手を置いた。
「え」
「こんばんは」
彼はぎくりと肩を跳ね上げて、笑夜を振り返る。笑夜は軽く頷き、繰り返した。
「こんばんは」
「……こんばんは」
ぎこちなく返された挨拶に、笑夜はにこりと笑う。
「ここ、景色いいね」
「……はあ」
困惑した声を上げる彼の横に並び、欄干に手をかける。街灯や車の光を反射して、広い川がちらちらしていた。
「こんな時間にお出かけ? あ、それとも帰りかな?」
不必要なくらい明るく気さくに話しかけてやる。あ、こいつ、ちょっとメンドイぞ、と思われれば上等。笑夜とて、見ず知らずの青年を良からぬ考えから解放してやりたがるほど正義感に溢れてはいない。とりあえず、自分が平穏に暮らせればそれでいい。目の前で飛び降りでもされなければ、それでよかった。
彼は目を伏せた。睫毛が長かった。軽く笑った顔は、何というか、自虐的というか、とにかくあまり好意的でない。自動車がまばらに走り去り、彼の憂鬱げな笑顔を光と闇で染めていく。
「……どっちかって言うと、帰り、すかね」
「どっちかって言うと、ね」
「帰りたくないな、みたいな」
吐き出されたネガティブは、たまたまの行きずりに見せるべきものではない。笑夜も、そういうことを言い出す女を、ああ、出た出た、面倒だなぁ、と苦々しく思っていた。
「……いや、違うな。なんか帰る場所がわからないっていうか」
弱々しい、半笑いの声。睫毛の影で、瞳が弱々しい。女だったら、面倒だった。そんな言葉が頭に浮かんで、笑夜はちいさく笑った。そして、ヘッドライトに明滅する白い横顔を横目に見て、笑夜は呟いたのだ。聞こえなかったら、なかったことにすればいい。聞こえてしまったら、しずかに自棄になればいい。
「……僕の家、来る?」
最初のコメントを投稿しよう!