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──そうだ。回想を止め、笑夜はふと思う。
友里は変わった子だった。楽しいことを言うそばから目を伏せて憂鬱そうな笑みに変わり、暗い言葉を漏らす時ほど無理矢理笑いたがる。暗い男だ。そして痛々しい。
けれど、その痛々しい作り笑いや、談笑の中にこぼされる寂しい笑い方を、笑夜は美しいと思った。
初めて抱いた後、友里はシーツの上に横たわって、またあの苦しげな影を白い顔に浮かべていた。賢者タイムというより、ひどい暴言を吐かれたかのような、否、葬式で故人に想いを馳せるような、薄暗い虚無的な表情。
「嫌だった?」
ベッドにふたり、曖昧な距離を挟んで横になる。髪をそっと梳いてやりながら問えば、彼は首を振って、ぎこちなく笑った。
「いや……たぶん、幸せすぎたんだな。大切に抱かれて……幸福の過剰摂取っていうか」
ベッドの上で敬語はよそうよ、と言ったから、友里は素直に言葉を崩した。気だるげに横たわる彼の砕けた言葉に、何だか少し安心した。堅い言葉は苦手だ。
もちろん、使うべきタイミングもわかっているし、必要とあれば使うこともできたけれど、どうしてか好きになれない。敬語は、短時間にさっさと事務的に使ってしまうに限る。
「ああ、そうか。あれだ、幸せが怖いタイプ」
「幸せには、なりたいはずなんだけど……何でだろうな、満たされるたびに喪失感に死にそうになる」
「それは、失う予感?」
「そうかもしれない……いや、予感ってほど強い感覚じゃなくて、失うことを思い描いて傷つくんだと思う。手に入れたそばから、失う未来を描いて、手に入れたことを後悔してる」
夜をいたわるように、掠れるほどのちいさな声で、友里はぽつぽつと語った。
「なるほどね。難儀な性格だ」
綺麗な顔していても、生きづらい人は生きづらいものらしい。そっと髪を撫でると、友里は寝返りを打って仰向けになった。天井を見つめて、ちょっと笑う。
「ごめん、こんなピロートークがあるかって話だよな……忘れて」
「これも後悔した?」
「え?」
「話したこととか。それか、抱かれたこと」
「いや……話したことは、ちょっと後悔したけど」
苦笑がちに、友里は続けた。
「笑夜さんこそ、後悔してないの? こんなへたれ男抱いちゃってさ」
後悔してる、なんて仮にも言われたらどうするつもりだったのだろう。あるいは、この人はそんな突き放したことを言わないと信頼されているのだろうか。信頼、または甘えか。そんなことを考えながらも、舌は優しい言葉を並べた。
「まさか。僕はそんな他責的でも適当でもないからね。抱いて後悔するくるいなら触れもしない」
軽く笑んで言う笑夜を、ちろりと横目で見て、友里はそっと微笑った。
「……ありがと」
前言撤回。信頼などされていない。この感謝の言葉は、甘ったるい言葉に対するものだ。ふんわりと適当に、傷つかない答えをくれたことに対する、安堵。
そもそも、セフレに真の言葉は必要ない。互いに心地よく、甘く優しいだけの時間を共にすればそれでいいものだ。わざわざ、苦いところを齧る必要はない。セフレは、毒々しいまでの甘さの人工甘味料で、痛みを忘れ、心地よい酔いに浸らせてくれるもの。だから、彼らにとって、そのやり取りは「正しい」形なのだ。
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