【短編】休日

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 カチッと音が鳴って電気ポットがお湯の準備が出来た事を告げる。  待ちに待ったその音を聞いた私は、足早に電気ポットの前に駆け寄って、直ぐ側にある段ボールからカップ麺を1つ取リ出す。  だが、いつもよりカップ麺が取り出しやすかった事に違和感を覚えて、段ボールの中を覗く。  案の定箱の中は空っぽで、私の右手に収まっている、このカップ麺が最後だということを実感させる。 「はぁ。これで最後か」  一人暮らしをすると独り言が増える。そうは聞いていたが本当にその通りな様で、私は人目も気にすることなく大きなため息を吐く。  またネットでカップ麺の詰め合わせを買おうと思っている自分に嫌気を覚えつつ、やるせない気持ちを糧に、体を持ち上げてからカップ麺の容器にお湯を注ぐ。  熱いお湯がほんのりと容器を挟んで伝わってきて、また私は急ぎ足で元居た席に戻る。 「三分間何しよ」  私は独り言を零しながらスマホをつかむと、このカップ麺が最後のカップ麺なことを思い出す。 「最後と言えば、最後にお母さんと連絡したのいつだったかな」  久々にゆっくりとした時間に浮かぶのがお母さんの事とは、我ながら親離れできていないなと思いつつも、気持ちに率直に動く体はいつの間にラインを開いていた。 「えーっと。1カ月前か」  最後に連絡した日付は先月の暮れごろ。そして今はもう20日前。 「そんなに経ってたんだ」  時間の速さを感じつつ最後の会話を遡ると、どこで買ったかもわからないキャラクターのスタンプと共に『野菜の仕送りをするからちゃんと食べなさい。休みの日はどうせカップ麺で済ましてるんでしょ』というメッセージが送られてきていた。  親と言うのは子供が思っているよりも子供の事を理解している様で、過去のメッセージでまで怒られた気分だ。  だけど、目を閉じて初めに出てくる母さんの顔は何故か笑顔なのだからおかしな話だ。  そんなメッセージを読み直して私が物思いにふけっていると、頭の中にある疑問が出てくる。 『ほかの人との最後の会話はどうだったっけ』  私はスマホの画面を操作し始めた。元カレからの別れの言葉。一度だけしか連絡を取っていない学生の頃の友人との意味のないよろしくの言葉。既読をつけるのも億劫なグループの連絡。質問したが返ってこなかった言葉  確認するとどれもこれも、綺麗な思い出で終わっているものなんて無かった。  最後なんてこんな物かと思うが、それでも数件はそれでよかったと思えた。  最後は辛かったり悲しかったり、そんな風な印象だったが、時間が私を変えたのかそれとも忘れてしまっているだけなのか、それは分からない。 ただ、その思い出が今を作ってくれている事には変わりなくて、無性につながりを感じてしまった。 「これが、大人になるってことなのかな」  お腹いっぱいになった私は、スマホを閉じてふっと息を吐くと、机の上にはカップラーメンが1つ乗っていた。 「あ……」  蓋を開けると、中には先程までとは見違えるような長さの麵達が、ほんの少しの湯気と共に時間の流れを感じさせてくる。  やはり最後と言うのは、どうしても虚しいものなのかもしれない。
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