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はじめまして、ブラック研究室!
大学院生とは何か。
一言で言えば博士のたまごである。
大学を卒業した後に大学院に進めば誰でもなれる。
入るのは割と簡単だけど、卒業するのは難しい。だいたい論文を何本か出さないと逃がしてもらえない。
大学院は二つに分かれていて、まず修士課程というものが二年ある。終わると修士号(マスター)がもらえる。
さらにその後三年間の博士課程がある。無事に卒業するとようやく博士(ドクター)になれる。
『ミスターでもマスターでもない。ドクターだ』と、ようやくドクター・ストレンジの有名なあのセリフを言えるようになるわけだ。
この仕組み自体は医療系じゃなければ分野が何でも変わらない。変わるとすれば国を移動したときだけだ。でもどこもだいたい五年くらいかかるのは同じである。世界共通の資格と思うとロマンがあるものだ。
私は研究者になりたかった。なんか格好いいし、自由なイメージがあったからだ。
さらに言えば、ものづくりが好きだった。小説を書くのもそうだし、手芸だったり工作だったりも好きだ。自分の思い通りにデザインして、何かを手ずから作り出すのは楽しい。同じ理屈で、白衣を着てフラスコを振るのも楽しいのだ。
だから大学四年生のとき、有機化学系と呼ばれる『ものづくり』の研究室に入った。
「うちに来た人はみんな国際的に活躍しているんだ。アメリカやヨーロッパに研究留学もできるし、学振(トップ層の大学院生に政府がくれるお給料的なもの)を取ってる人も多い」
気難しそうな教授だった。論文もたくさん出しているし、二十人以上の学生を抱えている。偉い教授というものは、みんなこういうものなのだろうか。年が離れていることもあって、親しみというものをまったく感じなかった。
「女性が増えるとラボも華やかになる。ただ、将来のことを考えると大変かもしれない。女性で博士で、英語も話せるようになって。そんな引く手あまたの人材を目指して欲しい」
今性別関係あるか?
そうは思っても、やたらと何にでも性別を引き合いに出したがるご年配の方はどこにでもいる。仕方がない。本人的には厚意なんだろうから。
なんとなく人間的には合わなそうな気配を感じたが、教授はさながら社長のごとく遠い存在だ。トップと合わなくとも上司と合うなら問題ないだろう。私は直感が鳴らした警鐘を無視した。
入った研究室は期待通りの楽しそうな場所に見えた。
もちろん、最初だけ。だれだってお客様には汚い場所を見せない。
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