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ところで、午後八時に帰宅するのが『早い』というなら、みんないつ寝ているのだろう。
周りのラボにはコアタイム(会社でいうところの勤務時間)があるところが多いけれど、このラボにはそういうものがない。朝に来る時間はまばらだし、夜は自分が真っ先に帰るためさっぱり事情が分からない。
こうなるともう自分の目で見るのが手っ取り早い。
私は気になると調べずにはいられない性分だった。
午後十時。
学部生はとっくにいない。ちらほら院生が帰り始める。いつも朝の八時、九時に来る人たちだ。
午後十一時。
教授がようやく帰った。それを見届けるように川村准教授も帰宅。もうひとりの中間管理職こと助教授はまだ帰らない。
六割の院生が帰宅。
午前二時。
助教授が帰宅。数人の院生はまだ働いている。
午前五時。
ラボで寝ている人がいる。なるほど帰宅しないというパターンもあるらしい。
午前七時。
朝型の学生が来始める。
人が少なくて実験しやすそうだ。私も次からこの時間に来ることにしよう。早く来て早く帰る分には文句を言われる筋合いはない。教授陣には院生の研究をコントロールする権利こそあれ、生活までもをコントロールする権利はないはずだ。
結論、研究室から人がいなくなることはなかった。
一番多いのは朝九時に来て夜十一時に帰るパターンだった。
つまり十四時間働くのがこのブラックなラボの平均的な院生活スタイルといえるだろう。十時間は自由時間があると思うと結構なゆるさにも思えるが、法定労働時間(一日八時間、週四十時間)に当てはめると月に約170時間の時間外労働をしていることになる。
過労死ライン(時間外労働:月80時間)を余裕どころかダブルスコアで超えているというわけだ。
心を病む人が多いのもさもありなん。
給料の出ない大学院生は労働力ではなく学生で、労働基準法では守られない。
大学院生が守るべきは己の健康ではなくデータであるというわけだ。
世知辛い世の中である。
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