質疑応答はいつだって地獄

1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

質疑応答はいつだって地獄

 長時間労働のラボはブラックか?  答えは多分、人による。  私はゲームが好きで、特にRPGが大好きだ。一日十時間くらい余裕で遊んでいられる。毎日十四時間ゲームしろと言われたら両手を上げて喜ぶだろう。  同じ理屈で、実験が好きで好きでたまらない人にとって、ただ単に長い時間実験をすることはそう苦にならない。    個人的には長くだらだら働くよりは十時間くらいでぎゅっと働く方が好みだが、単に拘束時間が長いというだけなら、私はこのラボをブラックとは呼ばなかっただろう。  理不尽なストレスが多く、ともすれば他人に話せないことが起こるからブラックはブラックで、ラボ畜はラボ畜なのだ。   「分からない? 今まで何を勉強してきたんだ。これで修士だなんて恥ずかしい。学部生からやり直してきた方がいいんじゃないか?」   「これが計画? こんなつまらないことをどうしたら思いつくのか理解に苦しむ」 「君の時間を無駄にするのは自由だけど、研究費まで無駄にしてこんな子どもの遊びか紙の無駄使いにしかならないくだらんことをするのはどうかと思うがね」 「もういい。聞くだけ時間の無駄だ」  セミナーというものがあった。毎週土曜日の恐怖のセミナーだ。院生が一堂に集まり、一番前の席には教授たちが座る。  話すことは研究の進捗報告であったり、今熱い最新の研究のまとめであったり、新しい研究テーマの提案であったり、その時々で変わる。  週替わりで班が回るので、発表する側になる頻度は月に一度くらいだ。だいたい一時間くらい発表して、その後みんなから質問を受ける。  いわゆる質疑応答やプレゼン能力を培うための訓練だが、そこで飛んでくるのが上記の言葉だ。  すべて教授のお言葉である。  ひと言ひと言はほんの少し心を引っかくだけだが、これが長時間続くとなかなかつらい。    直属の上司こと准教授、助教授の先生が庇ってくれるときもあるが、一緒になって攻撃してくるときもある。最後に信じられるのは結局のところ自分だけというわけだ。  一応フォローしておくと、教授も准教授も、普段はそこまで悪い人ではない。飲み会では気さくに話しかけてくれるし、エレベーターに乗り合わせれば世間話にも付き合ってくれる。人格者かと言われるとすぐには頷けないが、お亡くなりになってくれないかなと本気で祈るほど嫌いにもなれなかった。    人間というのは多面体でできていて、いくつも顔を持っているというだけの話だ。    研究室という閉鎖的環境において、彼らの言葉はかなり攻撃力が強かった。学生の心をとにかく抉る。    引っ込み思案な学生には、濁流のような問いかけの後に「何か言ったらどうなんだ。子どもじゃあるまいし」  自主性の強い学生には、完璧に論破した後で「小手先のことばかり考えて、ろくに本質が分かっていない。手抜きばかりする君の性格そのものだ。時間の無駄だな」  私がよく言われていたのは「頭でっかち。オリジナリティがない。平凡で面白みがなくて、つまらない。君が作ったとすぐに分かる」だった。  じゃあどうしたらいいのかと聞くと、「それくらい自分で考えろ」と一蹴される。    言っていることは正しいのかもしれない。だけど、物には言い方ってものがある。向こうが正しければなおさらだ。正論というものは盾に使うものであって、矛にしてしまったら受けた側はさっぱり防御できないのだ。研究能力に対することだけならまだしも、人格まで絡めて叩かれるともはやメンタルはばきばきである。 「君のために言ってるんだ」  自分のためだろうが! 頼んでないよ!   ……と今なら思うが、当時の私はへろへろだった。一時間も二時間も質問という名の攻撃を受けていればそれはそうなる。    そうか。期待に応えられない私が悪いんだ。    疲れた状態でまともな思考はできない。情けなくて、恥ずかしくて、セミナーが終わるたびにトイレで泣いた。セミナーの前日は怖くて眠れなかった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!