パクるやつはどこにでもいる

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 ()()を見つけたのは修士一年の秋だった。    私はいつも通りに報告書をまとめていた。たまたま文献調査をやろうという気になったので、ざっと過去十年分くらいの関連研究を調べていた。  といっても、一年半前に研究テーマをもらったときにも同じことをしたので、見つかるのは読んだことのある文献ばかりだ。確認漏れがないか念のためチェックしようと思っただけだった。  これは前に読んだ。  これも知ってる。  これはこの間出たやつ。  さくさくと画面をスクロールしていたそのとき、ふと見覚えのない文献を見つけた。    (ん? なんかこれ、似てないか……?)  私の研究に似ている。  見覚えがない文献なのに、とても馴染みのある合成ルートが書かれていた。    ターゲットが同じ。それはいい。よくあることだ。  だけどこれはなんだか、似ていてはいけない場所が似ていやしないか。  読み進めるにつれて、血の気が下がっていく。 (合成ルートが被ってる)  似ているどころか九割型同じだった。先生が与えてくれたはずの根っこのアイデアからして、丸ごと被っている。 (新しい論文? 最近出たとか)  世界には同じことを考える人が三人いるという。運悪く競争相手が同じ内容の論文を先に出すことも珍しくはないと聞いた。  だからこのときも、ああ誰かに先を越されてしまったのかな? と思った。 (先生たちは知っているんだろうか。私が一番最初に気付いた?)    まだ知らないのなら知らせなければ。私はおそるおそる日付を確認した。  【20xx年】 「えっ」 「どうしたの、赤井さん」 「ううん、なんでもない。ちょっと、変わった論文を見つけちゃって……あはは……」  よほど変な顔をしていたのだろう。心配してくれる同僚をごまかして、私はもう一度パソコンの画面をのぞき込む。    何度見ても十年前の日付だった。意味が分からない。    研究をはじめて一年半の初心者が見つけられる文献を教授たちが見つけられないなんて、ありえない。一年前の学部生だった私には見つけられなかったから、たしかに少し念入りな探し方は必要だ。けれど私に論文の探し方を教えてくれた先生たちが、それを知らないはずがない。 (どういうことだ?)  頭が真っ白だった。  居ても立っても居られず、川村先生に聞きに行った。 「ああ、もちろん知ってるよ」 「し、知ってるって……これじゃ私たち、パクりじゃないですか!」 「パクり?」  ぴくりと眉をひそめたかと思うと、川村先生は苛立った様子で顔を上げた。 「パクりだなんて人聞きの悪い。参考にしているだけだよ。だってほら、彼らは先にここを作ってるけど、僕らはこっちを先に作ってるでしょ。それに僕らの方がディテールだって凝ってる」 「そんなの――」  人様の描いたイラストの線をなぞって、髪型だけ変えて他のキャラにするのは自分のイラストと言えるだろうか。答えは絶対NOである。それを人はトレパクあるいは盗作と呼ぶのだ。左右反転したからといってトレパクであることは変わらないのと同じで、作る順序を入れ替えたってだめなものはだめだ。 「納得できません!」 「じゃあ新しい合成ルートを持ってきなよ。君のアイデアの方が面白くて実用的なら、そっちに変えれば? あ、ターゲットは変えないでね。それができなきゃこのままだ。研究費は僕が取ってきてるんだから」  私はいくつもルートを持って行った。  けれど、悲しいかな私は平凡な人間だった。ひとりでその状況をひっくり返せるほど、才能も発想力も知識も経験も足りていなかった。 「つまらない」 「無理無理、行かないよ。このルートじゃ」 「五年かかっても終わらないんじゃない?」  心が折れそうだった。課されるノルマをこなして、朝から夜まで実験をしながら、睡眠時間を削って考えた。 (まだ一年ある)  修士課程を卒業するためには修士論文を書かなくてはいけない。たいていは学部四年から修士まで一貫して同じテーマをするから、三年分の成果で修士論文を書く。  私はそのうちの二年をもう使ってしまった。今からテーマを変えるのも、合成ルートを変えるのでさえ、絶望的だ。  でも人のパクりなんて嫌だ。  幸いにして私は人よりマルチタスクだけは得意だった。ほんのちょっとだけ、同期と比べると実験するのが早かったのだ。 (一年あれば、私なら――)  たとえ違うテーマだって結果を出せるはず。  今思えばとんだ思い上がりだ。けれどそのときにはそうするのが最善のように思えた。    上司が話を聞いてくれないのなら、話すべきはそのまた上だ。  息が白くなりはじめた初冬。  私はパクられ元論文を持って、教授室に突撃した。
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