パクるやつはどこにでもいる

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「ああ、君か。来なかったらそろそろ呼び出そうと思っていた」  話したいことがあると教授室に顔を出した私を、教授は快く迎えてくれた。私が何を話に来たのか、教授にはお見通しのようだった。  挨拶もそこそこに教授は本題を切り出す。 「研究グループを移るかい。川村先生のグループから、私のグループに」 「そんなこと、できるんですか」  びっくりして、私の声は震えていたと思う。  たしかに私は自分の今の状況をなんとかしたくてここに来た。あわよくば教授が口添えしてくれるか、何かアドバイスをくれるんじゃないかと期待していた。    けれど、グループを移るなんて考えてもみなかった。    今でこそ喧嘩のような状態にはなっているものの、川村先生はこれまでお世話になってきた恩師のような存在だ。勝手に離れるのはあまりに恩知らずではなかろうか。教授よりなんとなく気も合うし。 「でも、そんな……」 「少ないけど前例がないわけではない。今から新しいテーマを始めるのは大変だろうけど、難しい方がやりがいがあるだろう? 私なら、昨日今日で思いついたような計画や、他人の焼き増しのような計画を学生にやらせはしないがね」  その口振りに、ああ教授も知っていたんだと何とも言えない気持ちになった。教授曰く、 「アイデアが同じであっても、盗作や剽窃、ということには当たらない。文献を引用して違いをきちんと言えばいいだけだ。クレジットは先に思いついた彼らにあると示す限りは問題ない」  ということらしい。私にはもう何が正しいのか分からない。 『この人のアイデアを真似しました』と示せば、たしかに盗作にはあたらないのかもしれない。だからといって、自分の作品とは口が裂けても言えないことに違いはない。  じゃあそんなことを続けて、何か意味があるのか?    補足するように教授は説明してくれた。 「問題はない。が、意味もない。研究としての新規性がかけらもないからだ。そんなことをしたって壊滅的につまらない。オリジナリティがないし、他人がやった道を辿り直しても面白くない」 「失礼ですが、それならなんで私は、この研究をしていたんですか……?」 「オリジナリティや面白さはなくても、実用的ではあるからだ。大量に作れるなら、他の学生の役には立つ。ただ、近ごろの結果を見ているとそれもあやしいと心配していた」  何も言えなかった。  たしかにはじめは大量に作れていたけれど、ターゲットの形に近づいていくにつれ、どんどんと想定よりできる量が少なくなっていた。欲しいものとは別のものがたくさん余計にできてしまうがために、はじめに立てた合成ルートをかなり迂回することになっていたのだ。  もはや実用的とすら言いがたい。  何も言えなくなってしまった私に、教授は一枚の紙を差し出した。  研究の計画書だった。 「これは、教授の……?」 「ああ。私のチームに入るなら、君にはそのプロジェクトを担当してもらうことになる。チームを移るかどうか、返事はすぐでなくていい。一ヶ月ほど掛け持ちでやってみるといい」  人目を避けつつ教授室を出る。なんだかどっと疲れた。    渡された紙を見る。今の私のプロジェクトとはさっぱり違う研究テーマがそこに書かれていた。ものづくりといえばものづくりではあるが、全然違う。言ってみれば水彩画と油絵くらい違う。  親切に対してこんなことを思うのは大変に失礼ではあるが、 (これは……全然、まったく、興味がない!)  というのが私の正直な感想だった。    かくして、ふたりの上司の間でふたつのプロジェクトを掛け持ちする、私の人生で最も胃の痛い一ヶ月が始まった。
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