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歩道を歩きながら私の心は荒れていた。彼女との関係を見直す必要があるのかもしれない。それでも空は相変わらずで、突飛な話を続けている。それを仕方なく聞く私。
「朝起きてさ、絢音と待ち合わせするあのポストに行くんだけど、絢音はいないのよ。先行っちゃったかなって思って急いで学校へ向かってたらね、ほらあの交差点」
空が指をさす先にあったのは比較的大きな交差点。朝は特に車の通りも激しい場所だ。
「わたしがその交差点に着いたころには、人だかりが出来てて、事故でもあったのかなと思って近づいたら前がへこんだトラックが停まっててさ、近くに制服を着た男子中学生が倒れてたの」
「え、それが?」
「犬塚くん。うそ、って思ってびっくりしてたら目が覚めてね、また朝になってた」
「え、夢? 夢の話?」
「違うんだって。わたしも夢だと思ったけど、次も同じように朝を迎えて、同じように登校したのよ。やっぱり絢音はいなくて。そしたらやっぱり交差点で事故があって、やっぱり犬塚くんが倒れてた。そこでまた目が覚めて」
「それがタイムリープ?」
「そう」
私たちは彼女が話すその交差点へとやって来た。もう見たくない、と目を背ける空は横断歩道を見ないように顔を俯かせた。
当たり前だけど、そんな話を簡単に信用するほど私は単純ではない。無事にこの世界に戻って来れてよかったね、とはならない。
でも、彼女の表情はそれをリアルに表していた。
私の手を掴み、目をつぶりながら渡る横断歩道。少しだけ震えていたのを感じて、もしかしたら本当のことなのかもしれないと思った。
「はあ、ごめん。トラウマになりそう。でも、やっぱりちゃんと現実に戻ってこれたんだって実感してるよ。事故も起きてないし、誰も倒れてない」
そう話す彼女の顔はとても晴れやかに見えた。
「それでどうなったの?」
「うん、それから、わたしは犬塚くんを助けようと少し早く交差点に着いて、彼を待ってた。事故が起こる前に行こうって思って」
「うん」
空の話に引き込まれている。こんな突飛な話に。
「そしたら、犬塚くんがちょうど横断歩道の一番手前に立っているのが見えてね。慌てて駆け寄ったの。『犬塚くん』って呼んだんだけど、彼はイヤホンをしてたみたいでわたしの声が聞こえなかったの」
「うん、それで?」
「そしたら、まだ赤信号なのに歩き出してさ、危ない! って言った瞬間に……」
「うそ」
私は両手で口元を押さえた。想像の中の犬塚くんが車に轢かれる映像が流れてきて、胸が苦しくなる。
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