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「もっとシャキッとしなさいよ」
翔子が走っていって彼の背中を叩く。
「いてっ」
「情けない」
まるで夫婦漫才のような二人の関係に、思わず笑みが溢れる。私はこのカップルのファンだ。二人のやり取りを見ていると、心が癒される。
「癒し効果なんてないよ」と翔子は言うのだが、私には十分過ぎるぐらいにある。
間違いなく言えることは、私じゃなくて翔子と付き合って正解だったってこと。
あのときの空の行動は、結果的に間違っていなかったし、余計なことでもなんでもなかった。
それなのに、私は浅はかな脳みそしかなくて、単純で、バカで、器の小さい最低な人間だった。
「絢音が昨日見た夢に、空が出てきたんだって。なんかタイムリープしてて、わたしと犬塚を何回も助けたらしい」
「え、そうなの?」
「うん。凄い鮮明に覚えてるから間違いない。何回もタイムリープして、二人を助けたあと、最後に私に会えたみたいで、朝会ったときに抱きつかれた」
「……そっか」
二人は揃って呟くような声を出す。
前を見ると、あの交差点が見えてきた。
不意に涙が出そうになって、強く奥歯を噛み締めた。
あの日、前日に空が犬塚くんに余計な話をしたということを電話で言ってきて、頭に来た私は翌日わざと早く家を出て、空を待たずに登校した。
置いて行かれた、と彼女は思ったに違いない。いつもいるポストにいない私に気づいて、怒らせてしまったと焦ったのかもしれない。どんな心理状態だったのか、想像すればするほど胸が痛くなる。
走って学校へ向かう途中、あの交差点で空はトラックに轢かれて命を失った。
一緒に登校していれば、私が怒らなければ、私が笑って許していれば。空の訃報を聞いてから何度そんなことを考えたのかわからない。
今日は彼女の命日だ。
だから空は私に会いにきてくれたのかもしれない。タイムリープを繰り返して、犬塚くんと翔子を助けながらも私にはなかなか会えなくて。それでも諦めずに何度も何度も。
交差点へやって来ると、横断歩道の近くには花束やお菓子などがいくつか置かれていた。その場で手を合わせる人もいて、空がみんなに愛されていたのがわかった。
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