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「絢音」
顔を上げると、空が私を見て走ってきた。
「絢音!」
そのままダイブするように私に抱きついてくる。
「痛っ、ちょっと」
あまりの衝撃に、思わず後ろに倒れそうになる。それでも構うことなく彼女は私を強く抱きしめていた。
「ねぇちょっと、痛いんですけど」
「あ、ごめん」
慌てて両手を放して私から離れる空。
理由はわからないが、今日はやけにテンションが高い。昨日のことなんてもうすっかり忘れてしまったかのような楽観的な態度に私は少なからず苛立っていた。
「おはよう。っていうか、なんでそんなにテンション高いの?」
自分を落ち着けながらそう尋ねてみる。本当は胸の奥底にある怒りをぶつけたっていい。でもやっぱり喧嘩は嫌だ。空は私の友だちだし、中学でも一番話すのは間違いなくこの子だもん。
「絢音がいたー、って思ったら抱きしめたくなっちゃって」
「はい? 私はいつもこの時間にこの場所にいますけど?」
通学は彼女と一緒に登校するのが日課。朝七時五十分に赤いポストの前で集合。空の家はここからもっと遠いから、いつも待つのは私の方。朝が苦手な彼女が寝坊して遅れるのは日常茶飯事で、その為の十分前行動だ。
なのに今日は、八時を過ぎることなく時間通りに来ただけじゃなく、久しぶりに会う友人のようなテンションで私に近づいてきた。
昨日だって一緒に帰ったわけだし、なんだったら夜もラインしたわけで。
「そうなんだけどね、そうなんだけど、わたしにとっては本当に久しぶりなんだ今日は」
言っている意味がわからず、返答に困っていると空はもう一度私を抱きしめた。
「だからなんなの?」
「お願い。少しだけこうさせて」
耳元でそんなお願いの言葉が聞こえて、この子は本当に夢の世界にでも行っていたんだなと若干呆れ返った。
私たちのことを見ながら通学路を歩く小学生たちが通り過ぎていく。
クスクスクス、と笑いながら去っていく彼らを見て無性に恥ずかしさを覚える。
「ちょっと、なんなの? 恥ずかしいからやめて」
「あ、ごめん」
今日の空は変だ。いつもよりも余計に変。天気は晴れていて、雲ひとつない青空なのに、目の前にいる空は明らかにおかしかった。
五月十二日。ゴールデルウィークはすでに終わったのだが、この子はまだ休みボケでもしているのか。
このままここで話していても遅刻するだけなので、私たちは学校へと歩き出した。
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