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うっかり眠ってしまったことに気が付き、女はゆっくりとその体を起こした。
すでに陽は傾きかけ、窓からは緩やかな風ととともに、夕暮れ特有の物悲しい陽の光が入り込んでいる。
女は寝起きのだるい体を引きずるように台所まで行くと、迷いもなく冷蔵庫に手を伸ばした。
そこには、一昨日買ったプリンがあった。
ついこの前、ダイエットをしようと決意したばかりなのに、買い物にいくとつい甘いものに手が伸びてしまう。
そして、これは自分へのご褒美なのだと言い訳をして、罪悪感を持ちながら買ってしまう。
プリンを手にとると食卓の椅子に座り、おもむろに蓋を開け始めた。
『ペリペリ』
静寂の中で思いのほか鳴り響いたその音に、女は自分自身で驚いてしまった。
気を取り直し、ゆっくり、少しづつ開ける。
『ペリ……ペリリ』
半分まで開けたところで女はスプーンを手に取り、ひとすくいするとそれを口に運ぶ。
無言のまま、甘くトロけるような触感を舌で楽しみ、ごくりと飲み込んだ。
(……美味しい)
わずかな時間、自分へのご褒美時間。
女はもう一口、二口と口に運び、半分くらいまで減り始めた時。
ふと、静寂の中に衣擦れのような音が耳に入る。
今まで自分がうたた寝をしていた寝室に視線を向ける。目に見えた変化はないが、確かに何かを感じる。
(ああ、また……)
女は手に持っている物を食卓の上に戻し、息を殺すようにやり過ごそうと決めた。
「はぁ~」
かすかな吐息のような声が聞こえるような気がする。気がするだけで、確かめる勇気はない。
『ペタ、ズル』
足音のような音に聞こえないふりをして、女は息をひそめて目を閉じる。
(まだ、もう少しだけ)
時刻は逢魔が時。
外から聞こえる雑音も、今の女の脳は音として認識をしない。
女のその耳に入るのは、この部屋の中で聞こえる気がする、微かな音のみ。
ゆっくりと近づくその感覚は、女を狼狽えさせた。
息を殺し、身じろぎひとつすることもできずに、女は視線をはずし人形のように動かない。
視線を向ければ視界に入ってしまう。それは確信であった。
『ガタッ』
と、台所のガラス戸を掴むような音がする。
慌てて視線を運ぶと、白く小さな指のような物が見える。
それは彼女の目にはっきりと、浮かび上がるように映し出された。
女は「ッ!」とわずかに声をもらし、慌ててその口元を手で押さえた。
白く小さな指先から重なるように現れた「それ」は、満面の笑みを浮かべてこちらを凝視している。
目元には目やにがつき、よだれで濡れ光っているその口元は弧を描いているようだった。
女の目に映る「それ」は、こちらを指さし満足そうにつぶやいた。
「ミ ツ ケ タ」
束の間の自分一人の静かなひと時。
女は諦めたように優しく微笑むと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、「それ」に手を伸ばし近づいていった。
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