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自宅と同じ方向の電車に乗り途中の駅で下車すると若者達やサラリーマンが集まっている一帯があり早くて夕方の四時半頃から開店している呑み屋もあったりで平日はとても賑わっている。チェーン店の居酒屋や焼き鳥屋、バーなど様々な店があちらこちらに存在しどの店もそれなりに客が入っておりそんな中女性一人で入るには少し浮いてしまう気がして躊躇う鈴葉は周りをキョロキョロしながらお一人様でも入りやすい店を探す。するとある一件のバーに目が留まる。
───あれ?お店の看板だけ見えるけど何処が入り口なんだろう…なんか細い路地があるな。ここの奥って事?
鈴葉は少し暗めの路地を入り進んで行くと看板と同じ名前のバーが目に入ってきた。そのバーの入り口はとてもシンプルで看板が無ければ通り過ぎてしまう程だった。
───これってこのビルの裏口みたいな入り口。あぁ…今こういう隠れ家的なお店流行ってるもんね。よし。入ってみるか。
緊張しながらガチャリとドアノブを握り扉を開けた。すると間接照明に照らされた温かみのある明かりが鈴葉を出迎え視線の先にはバーカウンターが飛び込んできた。店内は差ほど広くは無く客もバーカウンターの後ろにあるボックス席に数人程度。ジャズが流れている位で落ち着いたムードが気に入り今夜はこの店で呑む事に決めた。
───静かで雰囲気も良いな。カウンターが空いてるしそこに座ろう。
鈴葉は誰もまだ座っていないカウンターに向かい腰を下ろすとバーテンダーが小さな紳士的な声でいらっしゃいませと言った。
「あの…少し強めのウィスキーとおつまみをお願いします。」
「ロックでよろしいですか?」
「はい。」
───ウィスキーなんてそんなに吞んだ経験ないけどこれで少しでも気分が紛れるなら…。
注文を受けたバーテンダーは棚から綺麗に磨かれたウィスキーグラスを手に取り冷凍庫から拳弱の丸い氷をカランとグラスに入れる。そしてズラリと並んだ瓶の中から初めて見るウィスキーの蓋を開けてトクトクと注ぎ入れる。
「お待たせ致しました。」
「ありがとう御座います。」
スッと品良く差し出された琥珀色のウィスキーは間接照明に反射しより一層美しい飲み物へと姿を変えた。
───この氷も丸くてお洒落。綺麗…。
鈴葉はうっとりしながらグラスを手にしゆっくりと喉に流し込んでいく。
「美味しい…。」
「ありがとう御座います。」
「さっき強いウィスキーを注文したので強さがガツンと来るのかなって思ってたんですけどちゃんと味もしっかりとしていてフルーティーですね。女性は多分好きな味。」
「お分かり頂けて嬉しいです。お客様のおっしゃる通り女性の方に人気のあるお酒なんです。」
「そうだと思いました。うわ、これどんどん進んじゃうな。」
そのフルーティーな口当たりの良いウィスキーが気に入りおつまみが出される前に既に一杯を呑み干してしまった鈴葉。当然一杯では物足りずに同じ物を直ぐに注文する。
「どうぞ。あの…チェイサーをお出し致しましょうか?」
「チェイサー…いえ、大丈夫です。」
───何時もなら悪酔いしない為に弘道さんが注文してくれるけど今夜は呑んで酔いたい気分だから要らない…って私弘道さんの事思い出してる。それもそうか。だって一緒に居る時間が長いもんな。けど今夜もまたあの女性と会っていたりするの?ねぇ…弘道さん。
バーテンダーのチェイサーを断り二枚目のウィスキーをまたハイペースで流し込むと空腹状態の体には流石に堪え顔から足の先迄カァッと火照りだした。目の前で見る見るうちに赤くなる鈴葉に思わずバーテンダーが心配の声を掛ける。
「お客様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です…ははは。」
鈴葉は両手で頬を包む。
───わぁ…顔から火が出そう。熱いや。思えば勢いで一人呑みしたくて来ちゃったけど帰りも一人なんだよな私。来てまだ一時間も経って無いけどこれ呑んだら帰ろう。
「すみません。なんか酔いが早く回ってしまったみたいでこれ呑んだら帰ります。」
「でしたら最後やはりチェイサーをお出ししますので飲んで行って下さい。少し酔いも覚めると思いますので。」
「ありがとう御座います。」
結局断ったチェイサーをもらいグビグビとお腹に収める事になってしまった鈴葉。
───帰りにコンビニ寄って家で潰れる迄呑んでやる。
全て飲み干しグラスを置くと会計をお願いし鞄から財布を取り出そうとしたその時入り口からガチャリと誰かが入って来た。
「お疲れ兄貴。」
「おぉ。悪いな頼んで。」
───ん?兄弟かな?
手を突っ込んでいた鞄から顔を上げ入り口に振り向くと鈴葉の良く知っている顔が目に入ってきた。
「久保山君?」
「おぉっ、鈴葉じゃん。」
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