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02
――ノクとシャトが精霊の存在を知ってから十年後。
二人は大人になり、一族の中でも頼られるようになっていた。
元々狩りが好きだったノクは、剣や弓を覚えて山岳地帯にいる獣を仕留めては山猫族に貢献した。
印象的だったつり目は鋭さを増し、筋骨隆々な体には、以前のようなヤンチャな印象は消え失せている。
シャトのほうは農作物や家畜の扱いが上手く、彼の関わる畑や羊たちはよく肥え、厳しい冬を越えるための潤沢な備えとなった。
長かった髪は肩まで切り、男とは思えない華奢な体躯と優しい垂れ目が、彼をさらに中性的に見せている。
役割も見た目も正反対に育ったノクとシャトだったが、それでも二人の仲は変わらぬままだった。
しかし、互いに忙しくなったことで、以前のようにスピリーに会いにいくことができなくなってしまう。
「よう、シャト。どうだ、今年の羊たちは?」
「うん。いい感じだよ。どの子も仲良くて、きっと来年にはもっと家族が増えると思う。ノクはこれから山へ登るの?」
「ああ、最近オオカミが出てな。昨日の夜に何匹か仕留めたんだが、あいつら群れで動くだろ? まだたくさんいそうだか、休んでなんかいられねぇんだよ」
「そっか。気をつけてね、ノク。くれぐれも無理しちゃダメだよ」
「そういうお前だって、つきっきりで家畜見てるらしいじゃねぇか。ったく、そういうとこは昔からだよな、シャトは。お前のほうこそちゃんと休めよ」
それでも一族のためになっている。
皆が喜んでいるのだ。
自分たちのことは我慢しよう。
ノクとシャトは、少し寂しく思いながらも誇りを持って暮らしていた。
そんなある日のこと。
事件は突然起こった。
ノクの父が、弟分であるシャトの父親を殺してしまったのだ。
理由はどこにでもあるくだらない小競り合いから発展したものだったが、このことから山猫族は二つの派閥に分かれてしまう。
人が集まればそれだけ意見があり、揉め事もそれだけ出てくる。
ノクの父がシャトの父親を殺したのもきっかけにすぎず、元々互いに気に入らなかったことが表面化しただけの話だ。
当然ノクは父の派閥。
シャトは、夫を殺されたことで怒る母親のもとへといき、二人は言葉を交わすどころか、顔すら見ることが叶わなくなった。
それから両一族の間で争いが始まり、山猫族は衰退していった。
これまで蓄えた食料、資源を使い尽くし、勝っても何も得ないというのに、殺し合いを続けた。
争いを進めたのは老人などの年配の者が多く、反対にノクやシャトのような若者は争いに反対していたが、老人たちは聞く耳を持たない。
子どもに何がわかるのだと一喝し黙らせた。
その間の年代の大人たちはなんの疑問も持たずに、争いで勝つことが自分たちの幸福に繋がるのだと信じて疑わない。
これまで問題はあっても、苦楽を共にした同族の人間同士なのにどうしてこんなことになったのか。
ノクは、シャトの父親を殺した自分の父を恨み、シャトのほうは怒る母親や争いを続けようとする者たちに辟易としていた。
(シャト……。今お前はなにを思ってるんだ? ……なあ、シャト、シャトッ!)
(このままじゃどちらが勝っても山猫族は滅ぶ……。ねえ、ノク……。君の顔が見たい……。会ってどうしたらいいのかわからないけど……。僕は君に会いたい!)
ノクもシャトも一族のこと以上に、互いのことを想っていた。
こんな争いに巻き込まれて命を落とさないでほしい。
必ずまた顔を合わせて、昔のように笑みを交わしたい。
ノクとシャト二人は、頂上にいる精霊スピリーに祈り、互いに幼なじみの無事を願った。
そして長い争いの末に、争いの原因となったノクの父が戦いで死ぬと、両一族は和解をするべく場を設けることに。
だが、結局はどちらが良い悪いで揉めて上手くはいかなかった。
最終的に代表者を闘わせるという山猫族に古来から伝わるやり方で決めることになり、その闘いで勝った者がこれからの山猫族をまとめるということに決まった。
その代表者に選ばれたのは――。
「ああ、俺でいいならやるぜ。勝ってすべて終わらせてやる」
一方はノクに決まった。
それも当然であろう。
ノクは今や山猫族一の弓の名手で、石剣の扱いならば誰にも負けなかったのだから。
それとノクは、これまで極力戦いへの参加を拒否していたという引け目もあり、血を流すのはこれで最後だと望んで代表者になった。
ノクは思う。
山猫族の決闘は命のやり取りだ。
代表者のどちらかが死ぬまで決着はつかない。
相手には悪いが、その命を持って自分が一族をまとめ、今後は両派閥の老人たちにも彼らに従う大人たちにも何も言わせなくさせる。
そして相手の代表者に、山猫族の悪習を変えるための人柱になってくれと、相手を殺す覚悟を決めていた。
事実、現状で山猫族の中にノクに勝てる者はいない。
幼い頃は口だけの生意気だった小僧が、いつの日か逞しい青年へと変わったのだ。
今や熊やオオカミを相手に一歩も引かない狩人だ。
それは両一族とも理解しているはずだった。
それでもこの決着のつけ方を望んだのは、シャトのほうの派閥の面々に、ある考えがあったからだ。
それは、ノクにとって最も闘いたくない相手を、彼らが知っているために選ばれた人選と言える。
「嘘、だろ……? 向こうの代表者は、シャトなのかよ……?」
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