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険しい山道を二人の少年が歩いていた。 一人は短髪のつり目。 いかにも狩りが好きそうな活発な少年ノクだ。 もう一人は長い髪を束ね、目尻の位置が下がっている大人しそうな少年シャト。 二人は幼いがらも慣れた様子で山を登っていく。 「もうすぐだぞ、シャト。もうちょっとだから頑張れ」 「ノクったら、いきなりついて来いとか言って……。一体なんなんだよぉ」 「二ヒヒ。それは着いてからのお楽しみだ」 白い歯を見せて笑うノク。 シャトはそんないたずらっぽく笑う彼を見て、大きくため息をつく。 ノクとシャトは、この山岳地帯で生まれて育った山猫族の者だ。 半遊牧をしながら、山岳地帯で農耕生活をして、羊などの家畜を飼って暮らしている。 信仰心の強い山猫族には、山の精霊に祈りを捧げる風習があり、三ヶ月に一度は旗を立てて儀式を行う。 つい先ほどその儀式を終えたばかりの二人は、大人たちに内緒で精霊がいるという山を登っていた。 とはいってもシャトは反対したのだが、ノクが強引に彼を誘って今に至る。 「おぉ、着いたぞシャト! 見てみろよ、この景色!」 頂上に到着すると、ノクが歓喜の声と両手を上げた。 シャトは息を切らしながらも、ノクが眺めているほうを見るために彼の隣に並ぶ。 そこには抜けるような青空と、それを支えるように並ぶ山が見えた。 目の前にそびえる雪をかぶった美しい三角錐の山――山猫族の間では最も美しい谷と呼ばれている場所だ。 広大な大自然を前に、シャトは一瞬だけ言葉を失っていた。 「綺麗だ……。ノクが僕を連れてきたのって、この景色を見せたかったから?」 「ふふん。実はそれだけじゃないんだなぁ、これが」 ノクはまたも笑みを浮かべると、シャトの手を引いて歩き出した。 頂上は大きな岩だらけで特に何もなさそうだったが、その岩の裏には美しい花が咲き乱れていた。 それを見たシャトは、まるで話に聞く楽園のようだと、その垂れた両目を見開いている。 そして、自然にできた花の庭園へと駆け寄り、そっと手を伸ばして匂いを嗅いで()でていた。 「こんなところに花が咲いてるなんて……。どの子もすっごく綺麗だ」 シャトのウットリとした表情を見て、ノクはさらに笑顔になった。 だが先ほどとは違って、少し照れくさそうにしている。 「こないだ偶然ここを見つけてさ。ほら、シャトは花が好きだろ? だから見せてやりたくてな」 「ありがとう、ノク。僕、こんな嬉しいの初めてだよ」 花々を優しく撫でるシャトの姿に見惚れ、ノクは顔を真っ赤にしていた。 彼もここまで喜んでもらえるとは思ってもいなかったのだろう。 ノクは、そんな喜びに満ち溢れた表情で花々と戯れるシャトを見て、連れてきてよかったと、満足そうにしていた。 そのとき、突然花畑から光が輝き始めた。 花々が放つ光は、ノクとシャトを包み込むように舞うと、次第に人の形へと変化していく。 「なんだよこれ……? まさか入っちゃいけないとこだったのか、ここはッ!?」 「下がってノクッ! 危ないよ!」 シャトは立ち尽くしているノクの前へといき、彼を庇うように花の放った光を見ていた。 一方でノクは、怯えからか足がすくんでしまっている。 「あなたたちは、山猫族の子ですね」 人の形となった光は、女性の姿をしていた。 透き通った肌に、輝く髪を持つ浮世離れした容姿だ。 彼女の姿を見たノクとシャトは恐ろしさよりも、どこか懐かしさを感じていた。 そんなはずはないというのに、まるで生まれたときから知っていたような感覚を味わい、逃げることさえ忘れてしまう。 「初めまして。私は山の精霊、名はスピリーと言います。あなたたちのお名前は?」 そんな二人を見て微笑んだスピリーは、山の精霊と名乗り、彼らの名を訊ねてきた。 ビクッと身を震わせたノクとシャトは、慌てて口を開く。 「お、俺はノク! 将来は山猫族の誇り高い戦士になる男だ!」 「ぼ、僕はシャトです。あの……精霊さま。勝手に入ってきてすみません……」 シャトは震える体を止め、大きな声を出す。 「でも、ノクは悪くないんです! 彼は僕を喜ばそうとしただけで……罰するなら僕だけにしてください!」 「ちょっと待てよシャト! お前が罰せられることねぇだろ! 精霊さま! ここを見つけて入ろうと言ったのは俺です! 悪いのは俺なんで、どうかシャトのことは勘弁してやってください! 罰なら俺が二人分受けますからッ!」 シャトの後ろにいたノクは声を張り上げると、彼の前へと出てその場に両膝をついた。 そして、すぐに額を地面に押しつけると、何度もシャトは悪くないと言い続ける。 シャトもノクと同じように土下座をして許しを請おうとしたが、スピリーはそんな彼らを見て笑った。 「二人とも仲良しなんですね。それにとても良い子」 スピリーは笑顔でそう言い、両手を上げる。 すると、無数の花びらが宙を舞って幻想的な光景を創り出した。 ノクとシャトがそれに見惚れていると、彼女は嬉しそうに口を開く。 「そんなあなたたちに罰など与えませんよ。むしろ私は嬉しいのです。こうやって私の姿が見える者と話すのは何十年、いや何百年ぶりか。あなたたちさえ良ければ、二人のことを聞かせてもらえませんか?」 その日から――。 山の精霊スピリーの住む場所は、ノクとシャト二人の秘密の場所となった。 時間さえあれば頂上へと行き、彼らはスピリーと多くのことを話す。 山猫族の皆で飼っている羊に子どもが生まれたとか、こないだ本物の石剣を初めて触ったとか、自分たちに起きた出来事をスピリーに聞かせた。 このときこそ、ノクとシャトにとって人生で一番幸せな時間であっただろう。 それが、まさかあのような運命を辿るとは、精霊であるスピリーにもわからなかった。
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