No.2 最高のリレーを捧ぐ[猪俣隼人 6月3日]

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「今日だって最初っから調子悪かったんだろ」 ほんのちょっとだけ猪俣くんの方を見て、若宮くんは続ける。「右足。天気悪かったし」 猪俣くんは「もういいだろ今日の話は」ってちょっと決まり悪そうに苦笑している。ああ、この人もそうなんだ。結局自分がゴールテープを切れなかったことを、やっぱり後悔してるんだ。 「……でも、全然そんなことなかったって言えば嘘になる」 「だろ」 「こればかりは仕方ないですよ」 高松さんがなだめるようにそう言う。なんか、お母さんじみた雰囲気を感じる。さすがだなぁ。 「猪俣くんをアンカーに推薦したこと、私は全く後悔していませんよ。と言うか、言ってくれたら良かったんですよ。無理は禁物です。私たち、何も知らずにめちゃくちゃ推しちゃったじゃないですか」 猪俣くんが、膝やすねにところどころ貼られた絆創膏に目をやった。今日転んだことで、やっぱり擦り傷はできてたみたい。それだけでも痛々しいのに。今でも右足、痛いのかな。 「……無論、僕も高松さんの意見には深く同意できる。猪俣くんが放課後毎日、裏山で茅さんとバトンパスの練習をしていたのを、君は知っていただろうか」 突然そう口にしたのは、諫山くん。若宮くんのちょっとだけ濡れた目を、落ち着いた光を宿す双眼で見据えている。ああ、とうなずく若宮くん。 「それもあって、猪俣を応援したいって思った」 ……って、そうなの諫山くん? そう言えば、5組の女子で一番の俊足は間違いなく山羽田さん。リレーの順番は猪俣くんの前ではなかったけど、確か後ろの方だったはず。 「バースデー係の諸君は記憶にあるだろうか。以前僕が剣道の稽古で係活動を抜けた時、裏山のふもとで二人を見かけた。茅さんの友人の他クラスの人も何人かいたな。それが毎日だと知ったのは、茅さんから後で直接聞いたことだが」 あ、あの時か。諫山くん、見てたんだ。 「それに、翌日内海さんが拾った猪俣くんのタオルの件も、それを推測させる手がかりにはなる。あのタオルが落ちていた場所は、裏門に一番近い手洗い場だ」 ああ、そう言えば!……うん、さっきから私、そう言えばしか言ってないね。でも、ほんとにそうなんだもん。諫山くんの言葉には、毎回ハッとさせられてばっかりだよ。 「アンカーに決まってからも、全く努力を怠らなかった。そんな猪俣くんに、僕は最大級の敬意を表する」 諫山くんがこう締めたけど、結局いまいちわからなかった猪俣くんは、「なんかありがとう」と笑った。 その時、唐突に。十分な沈黙がその裏にあって、若宮くんが頭を下げていた。 「……………ごめん。猪俣」 「なんで謝るんだよ。俺が謝る方だろ。ごめん、若宮。ごめん、5組のみんな」 「だから猪俣はマジで悪くないんだってーてか若宮も古傷のこと知ってたんなら言えよー」 渋谷はちょっと疲れてるのか、間抜けな声でそんなことを言う。でも不思議と、今はそんな声がこの空気感に調和して耳に残った。 「あ、それなら」 高松さんがふと、手を打つ。 「若宮くん。猪俣くんのそんなに昔からのライバルで親友なら、当然、知ってますよね?」 思えば未だに「さおちんにゃん」のオマージュに身を包んだままの高松さんは、ニヤッと笑って若宮くんを見る。猪俣くんに肩を揺さぶられて無理やり頭を上げた直後の若宮くんは、一瞬何かを考えていたようだけど。その日初めて見せた笑顔で、どこかすっきりとした声で、こう言った。 「猪俣、誕生日おめでとう。最高の走りだった。最高のリレーだった」
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