君の名前は

　渋谷のスクランブル交差点の中央で私が立ち止まると周囲の人間が迷惑そうにこちらを見つめてくるが、文句を言うこともなく通り過ぎていく。

　私はショルダーバックからレオの首を取り出してそっと抱きかかえた。

　迷惑そうに私を睨みつけていた一人がレオに気が付いて悲鳴を上げた。水面に広がる波紋のように悲鳴が渋谷に広がっていった。

*

　どうして、あんなことをしたのかって？

　言っても理解はしてくれないと思いますけど。でも、聞かないわけにはいかないですよね。お仕事ですもんね。

　そうですね。私とレオとの関係からお話しさせてもらってもいいでしょうか。そこから話さないと理解はしていただけないと思いますので。

　レオと初めてあったのは小学校二年生の時です。父が家の連れてきたのが最初でした。その日のうちにレオって名前を私が考えてつけました。

　レオも気に入ってくれたのか照れくさそうにしながらも嬉しそうな表情を浮かべていました。

　それから、私たちはよく一緒に遊ぶようになりました。初めて上げた首輪のプレゼントをつけた時、レオはちょっと嫌がってたな。

　今ではそれもいい思い出です。レオとはよく公園に散歩に行きました。公園ではしゃいで遊ぶレオを見ているのはとっても楽しかった。

　私の投げたボールを嬉しそうに取りに行って私のところに持ってくるのは本当に可愛かったな。

　レオの毛はふわふわとしていてよく後ろから抱き着いては毛に顔をうずめていました。レオも抱き着かれるのは好きだったから困ったような顔をしながらもずっと抱きしめられていてくれました。

　朝になるとベットまで起こしに来てくれたレオ。静かな子だったけど、表情に気持ちはよく出ていて、怒っている時も楽しい時もその表情を見ればすぐにわかりました。レオは私が落ち込んでいるといつも何も言わずそっと隣に寄り添ってくれるような子でした。

　私達は不安な時や寂しい時はいつも二人で寄り添って生きてきました。

　高校生になってレオと一緒にいる時間が短くなっていきました。今思えば馬鹿なことをしていたと思っています。もっと一緒にいてあげればよかった。

　私が香水をつけるようになってレオは少し嫌そうな顔をするようになりました。私はそのことに心の中では怒っていました。本当に馬鹿ですよね。

　レオは鼻が人より利くから香水の匂いがきつかったんだと今ならわかります。

　大学生になった頃、私が彼氏と一緒に暮らすために実家を出るときにレオは寂しそうに私の服を捕まえていたことを覚えています。

　きっとレオも離れ離れになることに気が付いていたんでしょうね。大学を卒業して彼氏と結婚した後、レオと会うことはほとんどなくなっていました。

　私も就職して、結婚生活もあって忙しかったというのは言い訳でしかないと思います。私は、面倒くさがって会いに行かなかったんです。

　こんなことになるなら、なるって分かっていたらもっと頻繁に会いに行っていたのに。

　ある冬の日。母から連絡がきました。レオが遠くにいくかもしれないという内容でした。レオもいい年齢になっていましたから。私も覚悟はしているつもりでした。

　でも、そんな覚悟はまやかしだったんだと電話を受けて気が付きました。私はすぐに車に飛び乗ってレオに会いに行ったんです。

　レオはベットで眠っていました。その冷たくなった体に触れて私は泣きました。柔らかかった体は固くなり、ふさふさだった毛は短くなっていました。

　いなくなってほしくない。私のそばにずっといてほしい。そう思いました。そこでやっと私は気がついたんです。私はレオのことが大好きだったんだって。

　すごく後悔しました。どうして私はレオを置いて家を出てしまったんだろう。ずっとそばにいてあげれは良かった。

　ずっとそばにいてあげていてらこんな結果になんてさせなかったのに。でも後悔しても手遅れでした。

　だから、せめてこれからは一緒にいてあげようって思ったんです。だからレオの首を切り落としました。ずっと片時も離れないように、いつだって持ち運べるように。

　そんな顔をしないでください。私の考え方が異常だという自覚はありますから。分かっているうえで私はそれでもこうして一緒にいたいと思ったんです。

　ね。理解できないでしょう？　理解してもらいたいとも思っていませんので。

　なぜ交差点の真ん中で首を取り出したのかですか？　

　今日は特別な日なんです。

　私とレオが初めて出会った日。だから、私とレオの仲睦まじい姿をみんなに見てほしかったんです。私達はこんなに幸せなんですって。

　どうしたんですか？　

　顔色が悪いですけど、大丈夫ですか？

　ああ、レオが人間だなんてことはもちろん分かってますよ。

名前を付けたのは私だって言ったじゃないですか彼の名前のさとしって怜思って書くんですけど、これレオとも読めますよね？　だから私がつけたあだ名なんです。

　とってもいい名前だと思いません？

　レオは私のものなんです。だから他の女の物になるなんて許せなかった。

　私の可愛いレオが男に変えられていくのが耐えられなかった。

　それがレオを殺した動機です。ありきたりでしょう？