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出会いって、不思議だ。
毎日、たくさんの人とすれ違って、同じ空気を吸って、同じ空間を生きているのに、その中で本当に数少ない、特別な出会いというものがある。
新妻くんと私の出会いは、間違いなくその特別な出会いの中のひとつだった。
それは春のきざしに似て、冷たく凍えた私の世界に光をもたらしてくれた。
朝は、少しだけ苦手だ。
まだぼんやりとする頭のまま食卓につくと、すぐに母がスクランブルエッグとサラダを盛り付けた皿をテーブルにすべらせてきた。
「トーストは自分でやってね!いってきます!」
バッグをつかみ、母は慌ただしく玄関に向かう。
「はぁい。いってらっしゃい」
目をこすりながら、私は食パンをトースターにセットする。コーヒーメーカーには温かいコーヒーができあがっていた。きれいに片付いたキッチンを見ながら、母がしっかりものだから、こうしてのんびりやの娘ができあがってしまったのかな、なんて考えているうちにトーストが焼きあがる。皿に取って、また食卓についた。
朝食を終え、身支度をするために洗面所へ向かった。毎朝こうして鏡の前に立つたびに、私は私を思い出す。
私は、アルビノだ。
生まれつき色素がほとんどないため、肌の色は白く、髪の毛や眉毛は白に近い薄い金色をしている。
アルビノは、世界で20万人に1人の確率で生まれる。日本には現在5000人くらい、アルビノの人がいるそうだ。5000人という数字が多いのか少ないのかはいまいち実感がないけれど、私の知るかぎり、身近にはいないことは確かだ。父も母も、3つ年上の姉も、髪の毛の色は黒だし、肌もこんなに白くはない。
身近にはいなくても、インターネットで調べればきっと同じ境遇の人に出会えるはず、そう思うけれど、どうしても検索する指が動かなかった。
私は、私を知るのがこわい。逃れられない現実がこわいのだ。
制服に着替え、もう一度、鏡の前に立つ。
顔全体と腕、膝下などにUVカット剤をすりこんだあと、くちびるに透明のリップクリームを塗って、眼鏡をかける。眼鏡は薄く色がついた遮光レンズだ。他人よりもまぶしさを感じやすいため、外出するときには必ずかけるようにしている。
すべての身支度を終え、通学鞄を持って外へ出た。これが私の毎朝のルーティンだ。
自宅から一番近い駅のロータリーには、バスを待つ列ができていた。
毎朝同じ時間、同じバス停にならぶ人たちは、もうなんとなく顔見知りだ。私は一番うしろにならび、鞄からスマートフォンをとりだした。バスが到着するまでの短い時間、SNSをチェックしたり、友達から送られた写真を見ながら過ごす。
高校に入学して半年くらいの間は、電車で通っていた。でもバス通学に変えてからは、ずいぶんと気が楽になったように思う。バスの車内では、ほとんどの人が進行方向を向いて座っている。だから向かい合って座る電車と比べて、誰かの視線を否応なく感じてしまうということが少なくなった。そんなことひとつでも、私にとっては大きなことだった。
学校に着いて教室に入るとすぐに、女子の賑やかなおしゃべりが聞こえてきた。
「咲希ちゃん、おはよ」
窓際の席にいた満穂が私を見つけ、ひらひらと手を振ってくる。
「おはよ。何の話してるの?」
「さっき聞いたんだけどさ、転校生がくるらしいんだ、今日」
「え!そうなんだ!どんな人だろう」
「男子らしいよ~、イケメンだといいなぁ」
祈るように胸の前で手を合わせる満穂に笑顔を向けながらも、私は少しずつ気持ちが落ちていくのを感じた。転校生がはじめて私を見るときの表情を想像して、チクリと胸が痛んだ。
それから他愛もない会話をして、チャイムを合図に私は自分の席へと戻った。
生まれつき視力がよくないため、何度席替えをしても私の席は一番前の教卓の目の前だ。小学校、中学校とずっとその場所は私の定位置だったから、もう慣れっこだ。
だけど、今日は少し違う。転校生が教室に入って、一番に目に入るのは私の姿なんだろうな、そう思って、少しでも小さく目立たないよう体を縮めてしまう。
そうこうしているうちに、担任の教師が教室に入ってきた。
その後ろに続いて入ってきた男子生徒を見て、私は本当にびっくりした。こんな感情を持つこと自体、とても失礼なことなんだと自分が一番わかっていたはずなのに、心の底から驚いた。
だって、その生徒の頭には、髪の毛がまったくなかったのだから。丸い頭の形がわかるほど。
野球部の男子のように髪を短く刈りあげているわけじゃないことは、すぐにわかった。頭頂部まで全部、顔と同じ肌の色だったからだ。
脱毛症、そんな単語が浮かぶ。知識としては何となく知ってはいたけれど、年配の男性以外で髪の毛がない人を目の前にしたのは、生まれてはじめてだった。
先生は、テレビドラマでよくあるように転校生の名前を黒板に縦に大きく書き、彼に自己紹介をするよう促した。
黒板には、「新妻 要」と白いチョークで書かれていた。
新妻くんは教卓の横に立って教室を見渡し、そして口角をあげて、はっきりと聞き取りやすい声で、堂々と挨拶をした。大きめの口元が動く。くっきりとした黒目が生き生きと輝いて見え、私は目を細めた。
どうしてこんな気持ちになったのか、あとで振り返ってみると、うらやましい、そう感じたんだと思う。堂々とした姿、嘘のない笑顔、それは私が持っていないものだったから。
休み時間になるとすぐに、クラスの中心メンバーたちが新妻くんの席を囲んだ。
どこから引っ越してきたかとか、部活はどこにするのとか友好的な会話が続いたあと、突然ひとりの女子がその空気を破った。
「ねぇ、なんで髪剃ってるの?」
その言葉を聞いて、私は自分のことのようにドキッとした。一瞬、しんと教室が静まりかえる。私はそっと、質問をした女子を見た。その子はいつも、私にも容赦のない視線を投げてくる子だった。
「ねぇなんで?」
「あぁ、これ?」
新妻くんは何でもないことのように、右手で自分の頭を触った。
「剃ってるんじゃなくて、生まれつき生えてこないんだ。髪だけじゃなくて、眉毛もないし、腕毛とかもないんだ」
新妻くんは制服の袖をまくってみせた。
「ほんとだー。つるつるだね。そういう病気?」
「うーん、病気というか、まぁ、そうだね、似たようなもんか」
そう言って、新妻くんは白い歯を見せて笑った。
それを見て私は、自分の胸が痛むのを感じた。
きっと新妻くんは無理に笑顔を作っているわけじゃない。ただあけすけな質問に答えただけだ。それはきっと新妻くんにとってはただの会話なんだ。はじめて会う者同士が交わす、何でもない会話。それなのに、そばにいただけの私はこんなにも傷ついてしまう。そんな自分を恥ずかしく思った。
放課後、帰り道を一緒に歩きながら満穂が興奮ぎみに話しだす。
「咲希ちゃんも聞いた?明後日、新妻くんの歓迎会やるんだって」
明後日は土曜日だ。
「何着てこう〜。服悩むぅ」悩むと言いながらも、満穂は楽しそうだ。私はそんな満穂の横顔を、眼鏡越しに横目で見た。
満穂は、新妻くんをどう思っただろう。
その横顔からは、新妻くんの容姿についての疑問は少しも感じとれなかった。
私は入学してすぐの、満穂との出会いを思い出した。
一番前の席に座る私のすぐうしろの席が、満穂だった。そのとき満穂は、私のほうが戸惑ってしまうほど自然に話しかけてきたのだ。もしかして、私の白い肌も、金色の髪も全然目に入っていないのかと思うほど。お互いに自己紹介をしたあと、好きなアイドルとか、漫画の話をした。
その夜、私は自分の部屋のベッドに寝転がりながら、これから始まる高校生活が楽しみで仕方なくて、少しだけ泣いたんだった。
満穂には、そういう能力がある。「見えないフリ」ができる能力。それがとても自然にできる能力。満穂が意図してそうしているかどうかはわからないけれど、私の揺れやすい心は、そんな満穂に何度も助けられた。満穂といるとき、私はほんの少しだけ、アルビノだということを忘れられる。
私の肌や髪の色を、キレイだ、カッコイイと言ってくれる人もたまにいる。もちろん、肯定的に捉えてもらえることは嬉しくないわけではないけれど、それよりも私は何より、「普通」になりたいのだ。美人になりたいでも、スタイルが良くなりたいでもない。ただ、「普通」になりたい。誰にも振り返られることもなく、無遠慮な視線を投げられることもない、大衆に埋没するような「普通」がほしい。「特殊」はもう間に合っている。
土曜日、私は満穂と待ち合わせてから、集合場所へと向かった。
電車に乗るのは久しぶりだったけれど、車内では満穂とおしゃべりをしながら、他のことは考えないよう過ごした。
集合場所は、高校のある路線のうち、特急が停まる大きな駅の改札前だった。私たちが着いたときには、もうほとんどのクラスメイトが集まっていた。
私は無意識に新妻くんを目で追った。
新妻くんは黒いキャップをかぶっていた。帽子をかぶっていても、もみあげや、眉毛がないことはわかる。でも、クラスメイトたちと楽しそうに笑っている新妻くんを、見知らぬ人が振り返るようなことはなかった。高校生グループが集まってはしゃいでいる。それは私の思う「普通」と変わらない風景だった。
遅刻の連絡があった人を除いて全員が集まったのか、みなぞろぞろと駅前のファミレスに移動しはじめる。私も満穂から離れないようにそれに続いた。
「歓迎会」といっても、最初にドリンクバーの飲み物で乾杯した以外は、各々いつものメンバーでおしゃべりするようなかんじだった。
私は満穂の隣に座った。周りは仲良くしてくれる女子ばかりだったので、内心ほっとする。新妻くんはと見ると、私とは離れた奥まった席で賑やかなメンバーに囲まれている。帽子はかぶったままだった。
新妻くんと話してみたい、そう思わないでもなかったけれど、そんな勇気もないし、何を話せばいいかもわからない。転校生に気軽に話しかけることなど、引っ込み思案を自認する私には到底できそうもなかった。
「このあとカラオケ行くって!咲希ちゃんどうする?」
みんなの前で歌うのは苦手だ。私が迷うそぶりをみせると、満穂はお願いするように顔を覗き込んできた。
「咲希ちゃんも行こうよ!こんだけ人数いるから、苦手なら歌わなくて大丈夫だよ」
「満穂が行くなら行こうかな」
「やったー!行こ行こ!」
ファミレスを出てそのまま帰宅する数人と別れ、残るみんなで駅前のカラオケ店に移動する。入店手続きをした後、宴会場みたいな広いパーティルームに全員で入った。
新妻くんは相変わらずみんなと楽しげに話しているけれど、席に座ったタイミングでかぶっていた帽子を脱いでいた。
みんなが入れ代わり歌って踊るなか、満穂は自分の番になると張り切ってモニターの前に移動して、それから戻ってこない。私は誰かと話すわけでもなく、隅っこに座ってみんなの歌を聴いていた。
そのとき、びっくりするようなことが起こった。
トイレに行くために席を立った新妻くんが戻ってきて突然、私の隣に座ったのだ。
緊張してどうしたらいいかわからなくなっている私に、新妻くんはカラオケの音楽に負けないように顔を寄せて話しかけてきた。
「転校初日から気になってたんだけどさ」
新妻くんが私のバッグを指さす。
「もしかして『みつこぶらくだ』のファン?」
「え!みつこぶ知ってるの?」
思いがけない言葉に思わず声が大きくなってしまう。
「知ってるよ!おれもファンだもん。学校鞄にもこれとは別のチャームつけてたでしょ。もう気になって仕方なかった」
新妻くんが嬉しそうに笑うのを見て、つい私も笑顔になった。それまで緊張していたのがうそのように素直な言葉が口をつく。
「私、みつこぶのファンって人にはじめて会った」
みつこぶらくだ、はちょっとマイナーなお笑いトリオだ。テレビにはほとんど出演せず、おもに小劇場で活動している。メンバーのひとりである榊さんの描くイラストが絶妙なヘタウマで、最近はお笑いとは別の方面でテレビ出演することがあり、多少人気もあがってきているらしい。榊さんのイラストは半分ネタとしてグッズにもなっていて、劇場で限定販売された。私はそのうちの2種類をそれぞれ学校鞄と、出かけるときに持つバッグの両方につけていた。
「おれもグッズ持ってる人にはじめて会った。テレビとかあんま出ないのによく知ってるね。お笑い好きなの?」
「最初はお姉ちゃんの付き合いでライブに行ったんだけど、面白いなぁって。お姉ちゃんは『ゼロ・グラビティ』の追っかけなんだけど」
「あぁ、ツッコミがイケメンの?」
「そうそう」
ゼロ・グラビティもマイナーなのに、新妻くんはよく知っている。お笑いが好きだなんて、ちょっと意外だ。
少し間が空いて会話が途切れたと思った瞬間、新妻くんが急に瞳を輝かせて言った。
「あ!急なんだけど明日って空いてる?みつこぶらくだのライブがあるんだけど、一緒に行かない?」
突然の誘いに、私はぐっとのどを詰まらせてしまった。明日のライブって、お姉ちゃんを誘ったけど彼氏の誕生日だからって言って断られたやつだ。
「あ、もしよかったら、だけど」
「い、行きたい!」
私が勢いよくそう言うと、新妻くんは黒目の大きな瞳を一層輝かせた。
「よかったー!じゃ3時に東口改札前に待ち合わせしようよ」
「うん」
残りの時間を、私はふわふわした気持ちで過ごした。満穂とのおしゃべりも全然頭に入ってこない。
家に帰ってお母さんの作った夕飯を食べ、お風呂に入っている間も、ずっと気持ちは頭の上の高いところに雲みたいに浮かんでいるようだった。自室でやっとひとりきりになったとき、
もしかしてこれってデートなのかな?
ふと浮かんだ自分の考えを慌てて否定する。
きっと新妻くんはそんなつもりで誘ってない。みつこぶらくだのファンには本当にめったに出会えないから、出会えたことが嬉しくて誘ってくれただけだ。その気持ちは私もとてもよくわかる。
でも、男の子とふたりで出かけるなんて、私にとっては生まれてはじめてのことだ。新妻くんは女の子と出かけること、よくあるんだろうか。
終わらない考えが頭の中でぐるぐる回って、今日は寝不足になってしまいそうだ。
それからも私はひとりで行ったり来たりの考えを巡らせて、ようやく眠りについたのは深夜をまわってからだった。
翌日の午後3時。日曜日の昼下がりということもあって、駅前は混雑していた。
改札を出ると私はすぐに新妻くんの姿を見つけた。見つけた途端、一瞬だけ立ち尽くしてしまう。新妻くんも私に気づいて、にこやかに手を振って合図した。私も小さく手を振り返す。
「ごめんね、お待たせ」
「全然待ってないよ」
昨日ぶりの笑顔が、なぜか新鮮に映る。新妻くんは、今日は帽子をかぶっていなかった。
「公演までまだ時間があるから、通りの店とか見たりする?」
「うん」
私は新妻くんの隣にならんで歩く。通り過ぎる人々が私たちをちらちらと見ていた。
小さな雑貨屋に入ったあとも、私たちは店の中で何人もの人の視線にさらされた。もの珍しげに見られることには慣れている。慣れているけど。
心臓がどきどきと大きく音を立て、ふいに呼吸が苦しくなる。会話は途切れたままだ。
ひととおり狭い店内をめぐり、無言のまま表通りへ出た。
「次、あっちの店見てみよっか」
「……」
「別の店がいい?」
新妻くんは優しく問いかけてくる。
「……ううん、違う、違うの。あの」
私は言葉を切った。こんなこと言っていいはずがない。言えば間違いなく、新妻くんを傷つけてしまう。でも、でも。
「……あの、帽子、今日は持ってきてない?」
新妻くんは私を見た。すごく真っ直ぐな目だった。
「うん、今日は、いいかなって」
そう言ったあと、新妻くんはふっとやわらかく笑った。その優しい微笑みは、私の心を深くえぐった。
「ごめんなさい。こんなこと言って本当にひどいと思う。でも、でも私たち、カケル2だから。もの珍しさが倍だから。だから新妻くんだけでも、隠せるなら隠してほしいなって思って」
「うん」
「ごめ……ごめんなさい」
私は眼鏡の下のまぶたに両手を当てた。指先に涙が触れる。
こんな大通りで泣いたりしたら新妻くんを困らせてしまう。わかっているのに、嗚咽は少しも止まらない。涙を拭う手がぶつかって落ちた眼鏡を、新妻くんがかがんで拾った。
「どっか、座れるとこ。こっちに公園があるから」
優しく腕を引かれるまま、私たちは通りから少し離れた小さな公園のベンチに腰掛けた。
私を座らせると、新妻くんは近くの自販機で甘いミルクティを買ってきて私に手渡した。自分の分のペットボトルの蓋をパキッと音を立てて開ける。
私はまだ止まらない涙をすすりながらも、新妻くんに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「もう謝らないでよ」
新妻くんは気にしていないとでも言うように、私に笑顔を向けた。
「私、勝手だ。ものすごく。私なら新妻くんのこと理解できるなんて、そんなふうに考えてた。でもそんなのはただの驕りで、ただの偏見だ」
私は満穂のように、見えないフリはできない。新妻くんのように堂々と振るまうことも。
一気に言葉を吐き出したあと、また新しい涙が頬を伝った。
新妻くんは少し考えるように黙ったあと、口を開いた。
「おれはさ、そんなふうに考えてくれること、嬉しいよ。境遇が似てるかもって思ったから、理解できるって思ってくれたんでしょ。それってその人のことを知りたいと思うきっかけだよね。同じお笑い芸人が好きとか、そういうきっかけと同じだよ」
新妻くんはそう言うと、私の手からミルクティのペットボトルを取り、自分のと同じように軽い音を立てて開けてくれた。新妻くんの手から戻されたペットボトルは、まだほんのり温かかった。
「新妻くんは強いね。転校してすぐにみんなとも打ち解けたし、すごいよ。私は、弱いから」
すると新妻くんは「うーん」と言って顔を上向けた。
「おれもさ、ほんと最近なんだよね、こんなふうに思えるようになったの。それまでは結構うじうじしてたし、ひねくれてたと思う」
「どうして変われたの?」
「おれって恵まれてんだなぁって思ったからかな」
「え?」
「家族や友達、それだけじゃなくて、世の中の大抵の人は優しいってことに気づいたんだ。今って、その気になれば何でも調べられる。だからおれたちの症状のことだって、調べて知ってもらえれば、得体の知れないものではなくなるでしょ。知ろうとしてくれる、理解しようとしてくれる、その優しさがありがたいなって思うんだ。クラスのみんなだってそうだよ。何も言わなくてもそれぞれ自分の中で消化して、おれを受け入れてくれた」
新妻くんのその言葉は、私の心の深いところにすとんと落ちた。それは実感を伴って、私もこれまで感じてきたことだったから。
「ま、たまにひどいヤツもいるけど」
そう言って新妻くんはいたずらっぽく笑った。
「ふとしたときに、相手の人間性みたいなものが見えてしまうのがつらかった時期はあったかな。そういう悪意みたいなものをおれ自身が引き出してんのかな、なんて考えてさ。その頃は自分で自分のこと、全然受け入れられてなかったんだなって思う」
私の心の中にずっとかかっていた靄が、ゆっくりと晴れていく。いつの間にか涙は乾いていた。
「ライブはさ、また今度にしよっか」
新妻くんが言う。
「……いいの?」
「うん、今日は話そ。なんだか急に、話したいことがたくさんある気がしてきた」
「私も」
自分の本当の気持ちを誰かにいつわることなく話すなんて、いつぶりだろう。もしかして新妻くんも今、同じ気持ちなのだろうか。
私は新妻くんを見た。優しい眼差し、屈託のない、心からの笑顔。そして、他者を思いやるあたたかい気持ち。
新妻くんみたいになりたい。そう伝えたら新妻くんは、どんな顔をするんだろう。
(了)
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