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第1話 告白
「犬神君のことが、好きです……」
旧校舎の3階の隅、ほぼ人が来ることはない空き教室。半年は掃除をしていないと思われ、かなり埃っぽい。
暑いからエアコンでも付けたいところだけど、冷風の前にカビやら埃やらが飛んでくるだろうからやめておく。
別に潔癖症なわけじゃないけど、どうせすぐに出るし。
そんな場所で、目の前の名前も知らない奴に、俺は告白された……らしい。
「つーかお前、誰?」
貰った手紙に名前は書いてあったけど、一度目を通しただけだから覚えてない。覚えてるのは、同じ学年ってところぐらいだ。
「う、梅月遊といいます……」
うめづき ゆう。
ああ、確かに手紙にはそう書いてあった気がする。
身長160くらいしかない小柄なそいつを、185の俺は見降ろしている。つむじの形が綺麗だと思った。
まるで小さなコドモみたいな……
「それで、俺のことを好きだって?」
「はい」
「俺のこと知ってて言ってんのか?」
告白してくるくらいだから、知ってて当たり前だ。だから俺が聞きたいのは、名前とかそういうことじゃない。
俺がどんな奴なのかを知ってんのか、ってことだ。
そいつ――梅月は、俺の顔を見上げると、
「知ってます」
小さい声、だけどはっきりとそう言った。
その表情は今にも泣きだしそうな感じで……まぁ同じ学校の同じ学年で知らないわけがないよな。この俺、犬神写楽の悪名を。
「誰に頼まれた?」
「えっ?」
「誰に頼まれて、俺にそんなフザけたこと言ったんだって聞いてんだよ」
俺のことが気にいらない3年の奴らか?
去年奴らの仕掛けた罠、女を使って俺を潰そうとするいわゆるハニートラップは2回ほどあった。
逆に惚れさせてハニートラップとしての機能は停止させてやったけど、今回もそれと同じだろうか。
しかし男まで使ってくるなんて、俺は一体何だと思われてるんだ。
ゲイか、いや、バイだと思われてるのか……ぶっ殺す、3年のボス中山。
「ち、違います! 誰にも頼まれてなんかいません」
「じゃあ、罰ゲームか何かか? どこのどいつにイジメられてんだ、名前を言え。オレは男の癖に陰でコソコソとねちっこいイジメとかするような奴らが大ッ嫌いなんだよ。ボッコボコにして、二度とンなくだらねぇことできねぇようにしてやる。俺の名前を使ったのも不愉快だしな」
「違います、罰ゲームでもないです」
男が男に告白してくる理由なんか、他に思いつかない。
俺はだんだんイライラしてきた。
こんなひ弱そうな奴、殴ったところで面白くともなんともない。怒鳴れば簡単に逃げていくんじゃないかと思って、
「それなら俺をこんな人気の無ぇ場所に呼んだ理由を言え。罠でも罰ゲームでもねぇなら、なんで俺が好きとかふざけたこと抜かしてやがんだ!」
と、声を荒げて言った。
奴は一瞬ビクッと身体を震わせはしたが逃げる様子は微塵もなく、一瞬床に逃がした視線をゆっくりと俺に戻すと、ひどく熱のこもった目で俺を見つめた。
あまりに真剣なその目に、俺の思考も一瞬停止した。
「……犬神君が好きだから、です……」
「……」
こいつ、本気か? マジの告白なのか?
華奢だけど、どっからどう見ても男なのに。勿論、俺も。
いじめられてるんじゃないかと勘違いするくらい暗そうで、軽く殴っただけで死ぬんじゃないかってくらい弱そうな奴が、この俺にマジの告白とか……ハムスターがライオンに好きだと言ってるようなものだ。
とりあえず落ち着け俺。
『好き』なんて言葉、毎日のように女に言われてる。言われすぎてるから、今更ドギマギするコトはない。それが、男に言われたところで……
「あの、ごめんなさい」
「はぁっ!?」
何で謝る!? こいつ自分から告白してきたくせに自分からフッた!?
俺はまだ返事を返してないから、何も成立してないはずだ……。
「こんなこと言ってごめんなさい。僕は男なのに、同じ男の犬神くんに好きだなんて。本当にきもちわるい、よね。自分でも痛いって分かってる。でも、どうしても伝えたかったんだ……本当にごめんなさいっ……!」
そう言って、梅月は俺に頭を下げた。最後の方は涙声だった。
一方俺はまだ頭の中を整理できてなくて、5秒くらいボケっとしていた。
でもすぐに我に返って、積んであった机に軽く腰掛けた。
制服に埃がつくけど、もうどうでもいい。俺は静かにため息をついた。
「……お前さぁ、俺に告白するとかどういう神経してんだよ……」
自慢じゃないが、俺はこの学校の中でも特に有名な問題児……というか、不良だ。とりあえず2年で悪そうな奴は大体俺の舎弟っていう。
今のところ1、2年で俺にケンカ売ってくる奴はいない。3年とはよくケンカしてるけど、今は休戦中だ。
「分かってます。殴られても蹴られてもいいです」
「俺は他のバカと違って理由もなく殴ったりしねぇよ。弱い者イジメは嫌いだって言っただろが。大体おまえ、俺が恐くねぇのかよ? つーかゲイ?」
つい矢継ぎ早に質問してしまう。
梅月は、そんな俺を上目遣いでそっと伺うように見てくる。 激しく擦ったのか、少し赤くなった目元が妙に艶めかしい。
それはまるで不意打ちで、俺の心臓はドキッと跳ねた。
なんだその顔は……捨てられた仔犬のような目で俺を見るな、不良は小動物に弱いんだぞコラ……! と、 俺は激しく動揺した。
けど、奴はそんな俺の様子には気づいていないようだ。
「恐くないって言ったら嘘になるけど、犬神君のことを考えたら胸が苦しくて、あんまり夜も眠れないんだ。そういう意味では、恐いな……」
「……?」
結局、俺のことは恐くねぇのか?
「僕は犬神君以外の……たとえば、女の子を好きになったことはない。でも、君以外の男を好きになったこともない。だからゲイなのかって聞かれたらよくわからないけど、男の犬神君が好きだからきっとそうなんだと思う」
そう言って、梅月はふふっと自虐的に笑った。そして少しふっきれた顔で、まっすぐに俺の顔を見た。
「君に好きだって伝えたら、ふざけるなって殴られてそれで終わりだと思ってた。ありがとう犬神くん、僕の気持ちを否定しないでくれて」
告白されたと思ったら、謝られて礼まで言われた……なんだこれ。
なんで俺はされっぱなしなんだ?
なんでこんな奴のペースにはまってんだ?
マジでハニートラップじゃねぇのか?
「……証拠は?」
「はい?」
「てめーが俺のことを好きだっていう証拠を出せ」
「……?」
俺は何を言ってるんだって自分でも思った。
「……僕の気持ちが本物だって証明したところで、君に何か得があるの?」
ねぇよ、なんにも。
俺もなんで自分がこんなこと言ってんのか意味不明なんだよ。
「じゃあテメーは今ここで俺にボッコボコに殴られても、それでも俺のことが好きだとかふざけたこと言えんのかよ?」
そう言ったら、梅月は少し考えて、
「君に殴られて君を嫌いになれるんだったら、僕はいくらでも君に殴られたいと思うよ」
なんていう、とてもドMな発言をした。
俺は若干引いていたが、梅月は気にせずに続けた。
「大体殴られる前提で僕は君を呼び出したんだ。気持ちを伝えて、気持ち悪いって殴られて、そしたら犬神君のこと諦められるかなって思ったから」
笑ってる……。何故だろう、なんで俺はこんなに悔しいんだ?
というか、昨日まで知らなかった男に告白されてるのに、ただ困惑するだけで特に気持ち悪いと思わない俺が一番なんなんだ?
「つーかお前、何で俺のことが好きなんだよ……」
どこかで会ったか?
それとも、やたらと女に騒がれる俺の顔が好きなだけか?
こんな奴無視してさっさと帰ってしまえばいいと思ってるのに、男に真剣に告白されているという異常な状況に、なぜか嫌悪感よりも好奇心の方が上回っていた。
俺にケンカで負けたからとか、ずっと憧れてたから舎弟にしてくれって志願してくる奴は今まで何人もいたが、真剣に「好きだ」なんて言ってきた奴は初めてだから、その理由がなんなのかを俺は知りたい。
しつこいが、女からは飽きるほど告白されてるから、女が俺を好きだって言う理由は簡単に分かる。
たとえば俺が金持ちだから――とか。
「二か月前、カツアゲされてるところを助けてもらって」
「は? カツアゲ?」
さっきも言ったが、俺は男のくせにイジメだとかカツアゲだとかそういうことをする奴らが大嫌いだ。苛々するから。
だから校内でそういう現場を見つけたら、とりあえず加害者はボコボコにしている。正義の味方ぶるつもりは一切ないが、自然とそうなる。
大体俺が不良なのも、親や教師に反抗して色々やらかしてるのも勿論あるが、卑怯な奴らを苛々に任せてボコボコにし続けてたらいつの間にか奴らに尊敬されて勝手に祭り上げられて、気付いたら奴らのリーダーになってた。
だから、正直覚えがありすぎてわからない。
俺にはコイツを助けたって意識すらない。
「それから、君のことが頭から離れなくて……」
切なげな流し目が少し色っぽい、なんて思ってしまったのは不覚だ。
「そうかよ。……で、お前はどうしたいんだ?」
「え?」
そう言った俺を、梅月はものすごく困惑した目で見た。
「どうしたいなんて言われても、殴られてそれで終わりって思ってたから考えてなかったよ……?」
俺もこいつと付き合う気なんかないのに、なんでこんな希望があるみたいな言い方をしてしまったんだろう。
「どうしたいって……僕は、その……」
俺はこんなに真剣に告白されたのは生まれて初めてで、何故かコイツをこのまま手放したくないような、そんな不可解な気持ちが生まれていた。
「よし、じゃあお前は今日から俺の舎弟……いや、舎弟って感じでもねぇな、弱そうだし」
「え?」
「決めた。お前、今日から俺のペットな」
「へっ!?」
「なんだよ、文句あんのか? お前俺のことが好きなんだろ。俺と一緒に居たくねぇのかよ」
「や、そりゃ居たいけど……でも、」
「俺をこんなとこまで呼び出して、しかもそっちからコクってきたくせに勝手に自己完結してんじゃねぇよ。そういうのってイラつく。忠誠の証として、明日までにそのクソダッセー髪型をどうにかして来いよ」
「え、あ……」
「返事は?」
梅月は、また涙でうるんだ瞳で俺を見つめている。肌が白いから、目元や頬が赤くなっているのが分かりやすい。
「あの、つまり僕は、犬神君のそばにいて、いいの……?」
ペットになれとかとんでもない提案をされてるのに喜びすぎだろ。あ、そういえばこいつドMだっけ……。
「だからそう言ってんだろ。ただし、俺が飽きるまでな。それまで可愛がってやるよ」
どうやって可愛がるかは、まだ決めてない。
人間のペットの可愛がり方って、ネットで調べたら出てくるだろうか。
「……」
「……返事しろよ」
じゃないと、こんな提案した俺が恥ずかしいだろうが。
「……うん」
蚊の鳴くような声で、でもとても嬉しそうな顔で梅月は返事をした。
――だから、なんで嬉しそうなんだよ。
自分で言い出した最低すぎる提案なのに、喜ぶ梅月を見て何故か俺は胸が痛くなった。
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