第14話 犬神家

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第14話 犬神家

 めずらしく早く目が覚めたから、俺はそのまま身体を起こした。  二度寝しようとしたけど、蒸し暑くてそんな気にもならなかったからだ。  エアコンを付けるのもだるいし……。  目を擦りながら自室のドアを開けると、いきなり両足に温かい生き物二匹に飛びつかれた。 「にーたん!!」 「にーたぁ!!」 「うぉっ!? お前ら、何でこんなとこに?」  それは俺と半分だけ血の繋がった2歳半の双子、弟の伊織(いおり)と妹の華乃子(かのこ)だった。 「にーたんおきた!! いおとあそぶぅー!!」 「かのともあしょぶー!!!」 俺の脚に一本ずつまとわりついて離れないガキども。 「俺は今から学校なんだよ、歩けねぇから離れろお前ら」 「「いやー!!!」」  あんまり優しく接してるつもりはねぇんだけど、何故か俺はこいつらに異常に懐かれている。  ババアに見つかったら面倒なんだけど……。 「しょうがねぇな」 「「わー!!」」  懐かれている理由は、俺が教育テレビのお兄さんのようにすぐ抱っこしてやるからだろうな。不良は小動物に弱い。 「伊織ィ!! 私の伊織はどこにいるのォ!?」 「お、奥さま! お待ちくださいませ!!」  げっ、もう見つかりやがったか?  長い廊下の向こうからシズネとクソババアが現れて、俺の右腕に抱えられている伊織を見つけるとババアは髪を振り乱して叫んだ。 「きゃあああああ!! 写楽!! 写楽が私の伊織を殺そうとしてるわ!! だれか、誰か早くアイツを殺してぇぇ!!」  「奥さま、落ち着いて下さい! 写楽坊ちゃまはそんな恐ろしいこと致しませんよ!」 「うるさいシズネ!! 私には分かっているのよ!! 写楽、すみやかに伊織をこちらに渡しなさい!!」 「……ハァ……」  全く、せっかく早起きしたっつーのに朝から勘弁してくれよ、クソババアめ……。 「かあさま、こわい……」 「にーたぁ」  あんな頭のおかしい奴が母親だなんて、ある意味こいつらは俺よりも可哀想だ。  ぎゅうと俺の腕を強く掴む、伊織と華乃子。まあ、ガキは普通に恐いよな、俺も昔は恐かったし。  今は恐くともなんともねぇけど。 「坊ちゃま、奥様は私が抑えておきますから! 伊織様と華乃子様を早く別の部屋へ……!」 「いや、ここは普通に交代しようぜシズネ」  もう結構年寄りのシズネに、発狂ババアの相手がまともにできるかよ。  どうせ医者が鎮痛剤を持ってくるまでの辛抱だ、つーか他の使用人は何してるんだよ。 「にーた!」 「にーた、やだあ!」 「大丈夫だから、二人とも俺から離れてろ」  俺は二人を下ろすと、守るように前に出た。  発狂ババアは自由になった伊織を見つけると、シズネの腕を振り切ってダダダダッと一心不乱にこっちに走ってくる。 「伊織!! わたしの伊織ィィ!!」 「ひゃっ……!」  伊織と華乃子は恐ろしくてその場から動けなくなっている。  俺はババアが伊織に掴みかかる前に、奴の手首を掴んで床に押さえつけた。 「何をするのよぉっ!! 放しなさい写楽!! はなせぇっ!! いやぁあー殺されるぅぅーっ!!」 「伊織、華乃子! シズネのところへ行け、早く!!」  俺の下で暴れまくるババア。ああもう、一体誰が言ったんだよ……早起きは三文の得だとか。利益マイナスすぎるだろ。  ほどなくして、住み込み医師の橋本先生が走ってきた。どうやらまだ寝ていたらしく、寝巻のままだった。 「奥様、落ち着いてください! 写楽様、すみませんがそのまま奥様を抑えていてくださると助かります!」 「抑えてるから早く薬打ってくれ!」 「きゃあああああ! きゃあああああ!」 「ああもううるせーなクソババア!」  橋本先生は、小さな瓶に入っている薬を注射器で吸うと、俺に抑え込まれているクソババアの腕にブスリと打った。  するとババアは徐々に静かになっていった。 「写楽様、大丈夫ですか!?」 「あとは私どもが!」 「早く奥様をお部屋へ!」  次々と使用人が現れて、俺に頭を下げながらババアを抱えて奥の部屋へ連れて行った。  ったく、俺がこの家で一番腕力があるとはいえ、まかせっきりにすんなよな。住み込みの使用人はほとんど女だから仕方ないけど。 「写楽様、大丈夫ですか!? 腕が……!」  双子を安全なところに非難させてきたシズネが、俺のそばに来た。 「ああ、かすり傷だよ」  両腕に、ババアの長い爪で引っかかれた蚯蚓腫れができていた。少し血がにじんでいる箇所もチラホラ見られる。 「今すぐ手当を! 橋本先生!」 「あーいらねぇよ、こんくらいの傷どーってことねぇ。それより風呂入ったら朝飯食うから、用意しててくれ」 「……かしこまりました」  ケンカしたらもっと大怪我して帰ってくるからな、俺は。  しかし、マジで朝から苛々する……学校へ行く気も失せるぜ。 でもアイツ……遊、今日は朝から俺んとこ来るだろうからな、白い頬を赤く染めながら。  遊の顔を見たらスグ帰ろうかな、なんて思いながら俺は浴室へ向かった。
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