801人が本棚に入れています
本棚に追加
/172ページ
第2話 梅月遊からの手紙
家に帰ると、自分の部屋に行きベッドにごろんと横になった。
おもむろにポケットに手をつっこむと、ぐしゃぐしゃになった白い紙が入っている。
今日、あいつから貰った手紙だ。片手で適当に広げて、俺はそれを読み直した。
――――――――――――
犬神写楽様
お話したいことがあるので、今日の放課後一人で旧校舎3階の3年5組の教室に来てください。
来てくれるまで待ってます。
2年3組 梅月 遊
――――――――――――
最初に読んだ時は罠か何かだと思って、舎弟の誰かに行かせてボッコボコにしてやろうと思った。
でも最近ケンカしてないから腕もなまってるし、やるなら自分がやろう、と思いなおした。
俺にこんな手紙を送ってくるなんて、よっぽど腕に自信がある奴か、よっぽどのバカしかいない。
そんなわけで、俺は舎弟の誰にも言わずにこっそりと指定された場所へと行った。それが、マジの告白をされるとは……。
罠だという疑問が晴れなかった俺は、あいつの一挙一動をつぶさに観察していた。そのせいで、あいつの表情や仕草が妙に印象に残ってしまっている。
『犬神くんのことが、好きです』
そう言った時のあいつの手が震えていたこととか。
『君に殴られて君を嫌いになれるんだったら、僕はいくらでも君に殴られたいと思うよ』
そのセリフを思い出した途端、身体がブルッと震えた。
なんだ? 今の俺の身体の反応は……思い出し笑いならぬ、思い出し引きだろうか。
「ヤベェ奴……」
熱に浮かされたように赤く染まった顔で、俺にそう言ったアイツの顔が頭から離れない。
男から告られるとか、冷静に考えてもキモイだけなのに。
舎弟の一人を想像して、梅月に置き換えてみる。
そしてあいつが言ったセリフを想像すると……おえっ! 無理、マジで無理! 想像しただけで吐きそうになった。
『犬神くんのことが、好きです』
なのに、なんであいつなら気持ち悪くないのか……舎弟の連中と何が違うんだろうか。
たとえば容姿、舎弟の奴らはとにかく派手だ。変な模様を入れた坊主だとか金髪だとかモヒカンだとか、ピアスだとかネックレスだとか諸々身につけまくっている。
ちなみに俺は髪は染めてないし、装飾品も嫌いだからしていない。ついでによくあるダサイ和風柄のTシャツも着てない。
少々腰パン気味だが、脚が長いから問題ない。
要するに不良にしては地味なのだが、今さらそれを気にしたことはない。
梅月は、うちみたいな不良バカ学校にいるのが嘘みたいなダサい容姿だ。
チビで、キノコみたいなもっさりした髪型で、制服も生徒手帳の手本のごとく着こなしている。
顔はわりと可愛かった気がするけど……化粧が濃いギャルを見慣れてるせいか、新鮮だった。
いやいや、顔が可愛いからって気持ち悪くないって理由にはならないよな、男だし。
ブッサイクよりかはマシだけど。そばにおいておくなら、少しでも見た目がイイ方がいいしな。
それにしてもあいつ、明日は俺の言った通りにしてくるんだろうか?
ペットとか、半分はふざけて言っただけなのに……。
『僕は君のそばにいてもいいの?』
ああ、クソッ、マジで意味がわからない。
俺はなんで、なんであんな奴を……
『犬神君のことが、好きです……』
『好きです』
『好き』
「写楽坊ちゃま、晩御飯ができましたよ」
ドアがノックされて、使用人のシズネの声がした。
「あー……今日、ババアいんのか?」
ババア、とは俺の母親のことだ。義理のだけど。
「おられます」
「じゃあ部屋まで運んでくれ、顔合わせたくねぇから」
「かしこまりました」
あんなクソババアと顔合わせて食事なんてしたら、いくら板前の飯でも不味く感じるからな。
俺は梅月の手紙を、今度は握り潰さずに簡単に四つに折り畳んで、机の一番上の引き出しに入れた。
そして丁度机の中に入れていたタバコが目に付いたので、隣にあった100円ライターで火を点けると、窓を開けて思い切り煙を吸って、外に向かって溜め息と共に吐きだした。
最初のコメントを投稿しよう!