第2話 梅月遊からの手紙

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第2話 梅月遊からの手紙

家に帰ると、自分の部屋に行きベッドにごろんと横になった。  おもむろにポケットに手をつっこむと、ぐしゃぐしゃになった白い紙が入っている。 今日、あいつから貰った手紙だ。片手で適当に広げて、俺はそれを読み直した。 ―――――――――――― 犬神写楽様 お話したいことがあるので、今日の放課後一人で旧校舎3階の3年5組の教室に来てください。 来てくれるまで待ってます。 2年3組 梅月 遊 ―――――――――――― 最初に読んだ時は罠か何かだと思って、舎弟の誰かに行かせてボッコボコにしてやろうと思った。 でも最近ケンカしてないから腕もなまってるし、やるなら自分がやろう、と思いなおした。  俺にこんな手紙を送ってくるなんて、よっぽど腕に自信がある奴か、よっぽどのバカしかいない。 そんなわけで、俺は舎弟の誰にも言わずにこっそりと指定された場所へと行った。それが、マジの告白をされるとは……。  罠だという疑問が晴れなかった俺は、あいつの一挙一動をつぶさに観察していた。そのせいで、あいつの表情や仕草が妙に印象に残ってしまっている。 『犬神くんのことが、好きです』 そう言った時のあいつの手が震えていたこととか。 『君に殴られて君を嫌いになれるんだったら、僕はいくらでも君に殴られたいと思うよ』 そのセリフを思い出した途端、身体がブルッと震えた。  なんだ? 今の俺の身体の反応は……思い出し笑いならぬ、思い出し引きだろうか。 「ヤベェ奴……」 熱に浮かされたように赤く染まった顔で、俺にそう言ったアイツの顔が頭から離れない。   男から告られるとか、冷静に考えてもキモイだけなのに。  舎弟の一人を想像して、梅月に置き換えてみる。  そしてあいつが言ったセリフを想像すると……おえっ! 無理、マジで無理! 想像しただけで吐きそうになった。 『犬神くんのことが、好きです』 なのに、なんであいつなら気持ち悪くないのか……舎弟の連中と何が違うんだろうか。 たとえば容姿、舎弟の奴らはとにかく派手だ。変な模様を入れた坊主だとか金髪だとかモヒカンだとか、ピアスだとかネックレスだとか諸々身につけまくっている。 ちなみに俺は髪は染めてないし、装飾品も嫌いだからしていない。ついでによくあるダサイ和風柄のTシャツも着てない。  少々腰パン気味だが、脚が長いから問題ない。 要するに不良にしては地味なのだが、今さらそれを気にしたことはない。 梅月は、うちみたいな不良バカ学校にいるのが嘘みたいなダサい容姿だ。  チビで、キノコみたいなもっさりした髪型で、制服も生徒手帳の手本のごとく着こなしている。 顔はわりと可愛かった気がするけど……化粧が濃いギャルを見慣れてるせいか、新鮮だった。 いやいや、顔が可愛いからって気持ち悪くないって理由にはならないよな、男だし。  ブッサイクよりかはマシだけど。そばにおいておくなら、少しでも見た目がイイ方がいいしな。 それにしてもあいつ、明日は俺の言った通りにしてくるんだろうか?   ペットとか、半分はふざけて言っただけなのに……。 『僕は君のそばにいてもいいの?』 ああ、クソッ、マジで意味がわからない。  俺はなんで、なんであんな奴を…… 『犬神君のことが、好きです……』 『好きです』 『好き』 「写楽坊ちゃま、晩御飯ができましたよ」 ドアがノックされて、使用人のシズネの声がした。 「あー……今日、ババアいんのか?」 ババア、とは俺の母親のことだ。義理のだけど。 「おられます」 「じゃあ部屋まで運んでくれ、顔合わせたくねぇから」 「かしこまりました」 あんなクソババアと顔合わせて食事なんてしたら、いくら板前の飯でも不味く感じるからな。  俺は梅月の手紙を、今度は握り潰さずに簡単に四つに折り畳んで、机の一番上の引き出しに入れた。 そして丁度机の中に入れていたタバコが目に付いたので、隣にあった100円ライターで火を点けると、窓を開けて思い切り煙を吸って、外に向かって溜め息と共に吐きだした。
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