第6話 ランチタイム

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第6話 ランチタイム

 購買で総菜パンを三つ買って、俺はとっておきの場所に遊を連れて行った。 「……音楽室で食べるの?」 「準備室の方な。音楽のジジイ、昼休みはタバコ休憩行ってて昼休みが終わるまで帰ってこねぇから」 「そうなんだ、よく知ってるね」  俺はよく昼寝場所として利用させてもらっている。  防音だし、涼しいから。音楽のジジイは気付いてるみたいだけど特に何も言わないし。 「適当に座れよ。飯食おうぜ」  俺達は無造作に置かれていた小さめの机に、向き合って座った。 「うん。……いただきます」  食べる前にキチンと手を合わせてそう言う遊を見て、俺と違ってちゃんとした家庭で育ったんだな、と思った。  色とりどりの弁当が、ますますそれを強調しているようだ。 「それ母親の手作り弁当か? うまそうだな」 「そう? よかったら食べる?」 「マジで? じゃ、卵焼き食わせろ」 「どうぞ。……えっ?」  口を開けて待っていると、遊は最初俺の意図が分からなかったようで止まっていたが、気付いた瞬間また顔を赤くして焦りだした。 「え、えええええ、あのっ」 「早く食わせろよ」 「は、はいっ」  単に箸を持ってないからそうしただけなんだが、遊には少しハードルが高かったようだ。落とすんじゃねぇか?ってくらい手を震わせながら、ゆっくりと俺の口に卵焼きを運んだ。 「ンめぇ。なにこれうまッ! シズネの卵焼きよりうまいかも」  マジでうまい、なんだこれ。前にリナが作ってきた弁当と比べたら天と地の差ほど旨い。 「シズネさん?」 「うちの使用人頭のばーさん」 「使用人頭ってことは他にもたくさんいるんだね……すごいな。犬神くんってホントにお金持ちなんだね」 「まぁな。それはどうでもいいとして……お前の母親、料理上手だな。唐揚げもくれよ」 「……」  今度は黙って口に入れてくれた。つーか俺の方が餌付されてね?  普通は逆だよな。でもなんか、こいつの反応が楽しいからいいか。 「唐揚げもうめー。いいな、母親の手作り弁当」  俺には絶対食べられないモノだ。まず、作ってくれる『母親』がいねぇ。 俺にいるのは赤ん坊の俺を金で売ったクソ女と、ガキの頃から俺をイビリ抜いたクソババアだけだから。 「……ありがとう」 「ん?」  母親を褒められたのか嬉しかったのか?  なんでまた赤くなってんだ、こいつ。 「このお弁当、僕が作ったんだ」  遊のその言葉に、俺は目が点になった。 「は? マジで? すげぇじゃん」  遊の手元にある弁当と遊を交互に見つめる。どう厳しめに見ても、男子高校生が作ったとは思えないクオリティなんだが。  マジか……でもこいつ母親いるんじゃ。あ、逆に母親が料理ヘタだからこいつが作ってるとかそういうことか? 「そこまですごくないよ、唐揚げとか、休みの時に作ってたのを冷凍してただけだし!」 「そんなことする男子高校生、普通いねぇだろ」 「そうかな……」 「そうだよ」 「でも、犬神くんに美味しいって言ってもらえたから、普通じゃなくてもいいや」  あ、笑ってる……。  自虐的な感じじゃなくて、本気で嬉しそうに笑ってるこいつの顔を初めて見た。  俺は、無意識に遊の顔に手を伸ばしていた。手を伸ばした途中で我に返ったけど、もう引っ込めることもできなくて。 「犬神、くん?」  そのまま、遊の白い頬をつねった。本当に意味はねえけど想像以上に柔らかくて、俺も自然と苦笑してしまった。 「おまえ、かわいいな」  口数は少ねぇくせに、あまりにも素直に感情を表に出すから……俺にも少し移ってしまったみたいだ。自然に、そんな言葉が口からこぼれ出た。 「……っ!」  案の定、また真っ赤になる遊。こいつ、すぐ赤くなるからウメボシってあだ名付けられてんのかな?  そう思ったらなんだかまた可笑しくなってきて、くつくつと静かに笑う俺を遊はわけがわからないといった表情で見つめている。 「飯、さっさと食っちまおうぜ。昼寝する時間無くなる」  昼休みも、あと20分しかない。 「犬神くん」 「あ?」 「どうして、僕をペットにするなんて言ったの……?」  それ、今聞くか?
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