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第8話 名前で呼べよ
昼食を食べ終わった俺は頬づえをついて、パイプ椅子に姿勢よく座っている遊を見つめた。
「遊、今日の放課後なんか用事あんの?」
「あ、火木土はアルバイトしてるんです。なのでそれが用事です」
今日は火曜日だ。じゃあ週に三日はフリーってことだな。
「ふーん……つーかお前、タメ語だったり敬語だったりすんのな。統一しろよ」
昨日から気になってたんだけど。
「あ、ごめんなさい、同じ年だからどうしたらいいのかよくわからなくって。でも、ぼくは君のペットだからやっぱり敬語のほうがいいのかな?」
「別にタメ語でかまわねぇよ。俺のことは名前で呼んでいいし」
リナや舎弟どもはみんな俺を名前で呼ぶから、「犬神君」って言われるのがなんか慣れないのもあった。
その名字で呼ばれると居心地が悪いっていうのもある。
「えっ……写楽、くん?」
「それもっと呼びにくいだろ。写楽でいい」
俺の名前は祖父が付けたらしいけど、普通にキラキラネームだよな。
「で、でも君は僕のご主人様ってやつなのでは……」
「関係はな。呼び名はカンケーねーだろ。写楽様とでも呼びたいか?」
そう言ったら、遊は案の定また顔を真っ赤に上気させた。
やばいなコレは……絶対そうやって呼びたいアレじゃねぇか。こいつのドM気質を舐めたらいけない。
「しゃ……写楽様……」
「おい! ほんとに呼ぶなっ!」
俺は頬づえを崩して遊にツッコんだ。
しかもこいつ、常に上目遣いが通常運転だし! 男とはいえ、マジで心臓に悪い、コイツ!
「え、どうして?」
「一応俺にだって恥という概念はあるんだよ」
うちの使用人たちは俺のことをそう呼ぶけど、さすがに同級生に様付けで呼ばれるのは抵抗がある。
「……あははっ」
笑った……こいつの笑顔はなんかひどくホッとする。
『好きだ』って言ってもらえるのも、すごく気分がいい。いや、気分がいいってのはちょっと違うか。
なんだろうな……この感覚は。
「写楽くん……写楽……なんかむずかしいなぁ。君を呼び捨てなんかにして、あの人達に睨まれないかな? もうすでにだいぶ睨まれてたけど」
「宮田たちのことか? 気にしなくていいぜ。あいつら一応俺の言うコトは聞くし」
「あの派手な子も? ……彼女なんでしょ?」
やっぱり勘違いしてたな。舎弟の奴らは俺とリナのやりとりから、リナが俺の本命ではないことはわかってると思うが(というか本命なんてものはいない)その他のクラスメイトとかは絶対そう思ってるからな。
別にどう思われててもいいけど、何故かこいつには本当のことを知っててもらいたいと思った……俺の近くに置いておくワケだし。
別に誤解されたくないとか、そういうことじゃねぇから!
……って、俺は誰に言い訳してるんだよ。
「リナは彼女じゃねぇよ。あいつが勝手にまとわりついてるだけだ」
「え、そうなの?」
「おう」
身体の関係があるから、全くの無関係だと言うのはあまりにも最低だろうか……面倒だな。もう簡単に抱かないようにしよう。
誰を抱いたってイク時の気持ちよさは変わらないけど、後に残る虚しさみたいなものも変わらない。
セックスは気持ちいいけど、俺にとってはオナニーと変わらない。……心から愛してる奴とセックスしたら、もっと気持ちいいんだろうか。
そもそも愛ってのがよくわかってない俺に、心から愛する奴ができるなんて思えないけど。
「写楽」
「ん?」
「あ、ごめんね。呼んだだけ」
遊はえへへ、と恥ずかしそうに笑った。
昨日あんなに震えて泣いていた奴とは別人みたいだ。もう俺を恐がる様子は微塵もないし、ほんとに変わってる奴……。
「用もないのに呼ぶんじゃねぇよ」
「ごめんなさい」
「ところでお前って何のバイトしてるんだ?」
さっきから地味に気になっていた。
俺を見てすぐ赤くなるこいつに、接客業なんてできんのかよって……一応ペットだし、ご主人様が様子でも見に行ってやろうかな、なんて。
「えっと、スーパーの総菜コーナーでお惣菜作ってるよ」
「なんだ、接客業じゃねぇのか」
スーパーの裏方とか、いかにもこいつらしい。
料理上手にもなるはずだな。
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