〈4〉メガネの代わりに

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〈4〉メガネの代わりに

「あーあ、もう駅に着いちゃった。名残惜しいけどまた明日ね、永田君」 「とっとと帰りやがれでござる」  そのときだ。駅構内がザワついてんなと思ったら、中から甲高い女の叫び声がした。 「その帽子被った男、痴漢ですッ!! 誰か捕まえてェェ――っっ!!」  はあ!? 痴漢だと!?  面倒事には関わりたくない――。そう思ったのに、何故面倒事は向こうからやってくるのでござろう。  痴漢だと思われるキャップを目深に被った中年男は、何故かまっすぐに拙者の方をめがけて走ってきていた。先程叫んだ女性の声に反応して身構えた人間の中で、拙者が一番倒しやすそうな障害物だと瞬時に判断したのだろう。 「永田君、危ない!!」  ガシャン!  いつかのように八代が叫んだが、今度は間に合わなかった。拙者は男を避ける暇もなく、派手にぶつかられて床に倒れ込んだ。  その瞬間、拙者のチャームポイント……いや、トレードマークである重たい瓶底メガネが拙者の顔から弾け飛び、使い物にならなくなった音がした。 「捕まえたぞー!」 「こいつ、おとなしくしろ!」  どうやら拙者を倒していった先で痴漢男は無事捕まったらしい。拙者のメガネの尊い犠牲は無駄にならなかったようでござるな。ざまあみろ! 「永田君大丈夫!? 怪我はない!?」 「ちょっと尻もちをついただけでござる。でも、メガネの方はダメでござるよな……?」 「うん、見事にひび割れてるよ」  八代から手渡された瓶底メガネは、色んな方向にひびが入っていてかなり悲惨な状況になっていた。 「クソッ、あの豚野郎! メガネの恨みは重いでござるよ……!」 「あとで犯人にメガネ代を弁償してもらえるように、駅員さんに言っとこうか?」 「いい! 関わりたくないっ!」  拙者は八代の手を借りて立ち上がった。特注の瓶底メガネだけあって、拙者の視力はめちゃくちゃ悪いんだぞ……!  家まで無事にたどりつけるだろうか。メガネが壊れたくらいで母親に迎えに来てもらうのも気が引けるし……。 「俺、家まで送っていくよ。永田君ちの最寄駅教えてくれる? 切符を買ってくるから」 「は? いや、別にいいし……」 「良くないよ。永田君さっきすごい凝視してたし、ほとんど見えてないんだろ? そんな危険な状態で一人で帰せるわけないから」 「で、でも……」 「俺に家の場所を知られたくないの? じゃあ雨宮君に連絡してよ。彼が来るまでは俺も一緒に待ってるから」 「……」  雨宮氏に連絡すれば、すぐに来てくれると思う。いやでも、たしか今日は南條先生と部活終わりに会うと言ってなかったか?  雨宮氏に連絡すれば、また南條先生に逆恨みされるでござるな……そうなったら死ぬほど面倒くさいぞ。それならまだ、八代の方が……。 「八代……先輩」 「えっ?」 「家まで送っていってほしい、でござる」 「……」  初めて八代を『センパイ』呼びしてしまった……。だってこんな面倒事を頼むのにいつものように『八代』って呼び付けるのは人としてどうかと思うしな!? 拙者にだって常識くらいはあるのでござる!! 「永田君、今すぐキスしてもいい? もしくは思いっきり抱きしめてもいい?」 「はあ!? いきなり何言ってんだこの野郎ダメに決まってるでござる」  つーか何でわざわざ聞く? 今まで聞いたことなんかないくせに! いやでも、聞かずにやっていいってわけじゃないでござるからな。できれば毎回聞け!! きっちり断るから!! 「だって、永田君が初めて俺のことを八代先輩って呼んでくれたんだよ! それに雨宮君より俺の方を選んでくれるなんて、こんな嬉しいことってない……!」 「知るかっ! いいからとっとと〇〇駅までの切符を買ってくるでござるよ」 「うん!」  やはり雨宮氏を呼べばよかったでござる。……あっ、ていうか切符代は拙者が払うべきだったか!?   ハッとして八代を見たが、多分もうお金を券売機に入れていた。お、遅かったでござる……あとで返そう……。
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