第1話 渡る世間は腐女子ばかり

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第1話 渡る世間は腐女子ばかり

「ふ、ふふふふ……」  ヤバイ。  ヤバイヤバイヤバイ。  このBLマンガ、どちゃクソ萌える……! 「やっべぇぇ~……! 超萌えるゥゥ……!」  俺はプルプルと身体を震わせながらもシワにならないように丁寧に本を開き、お気に入りのシーンを何度も読み返す。  何なんだこの超可愛い受けの超可愛い告白シーンは!! ヤバイ!! マジでヤバイ!! 尊すぎる!! 尊すぎて昇天してしまうッッ!! 「ねーねー萌えるでしょ? このマンガ。うっちゃん絶対好きそうと思って持ってきちゃった。多分今年の本屋BL大賞に選ばれると思うんだよね~」 「マジで? そんな話題作なの!?」 「ん~ジワジワ人気出てる感じ?」 「なるほど間違いない。さすがですりっちゃん様!!」  教室の隅で、セミロングヘアの可憐な美少女と二人で興奮気味に語らっている俺の名前は雨宮卯月(あまみやうづき)、17歳高校二年生。一見なんの変哲もないリア充の男子である。  ただ一緒にいる美少女りっちゃんこと池田律(いけだりつ)がお友達ならぬ腐友達で、男同士の禁断愛に萌える話をしていなければ……だ。    すると。 「あー! 私もその本読んだよ、受けがツンデレで最っ高に可愛いよね!! 告白シーンとかもう超震えたし! それと攻めがイケメンすぎないのもいいっていうかね~作者さん分かってるよね~」  またひとり、新たなツインテールの美少女が現れた。彼女の名は深町藍(ふかまちあい)、通称あいちん。  俺はあいちんのわかりみ溢れる感想に同意を示すべく、ぶんぶんとヘッドバンギングのごとく激しく頷いた。 「さっすがあいちん、俺も震えた! チワワのように震えたよ! ツンデレで不器用な受け、可愛いすぎかよォォ……!」 「へーその漫画そんなに面白いんだ、次私にも貸して? うっちゃん」 「いいよー! かなやん」  またまたまた、三人目の美少女が現れた。ショートヘアで長身、モデル体型の彼女はかなやんこと大月香奈(おおつきかな)。彼女だけはまだこの漫画の萌えを未体験なのだ、実に羨ましい。俺も記憶を消してこの感動をもう一度味わいたいッッ!!  ――そんなわけで、俺雨宮卯月は現在三人の美少女に囲まれている。俗にいうハーレム状態というやつである。ただし俺たちの関係を知らない奴らから見れば、だけど。 「あ、これりっちゃんの本だった。りっちゃんごめん! 次かなやんに貸してもいい?」 「もちろんいいよ~、萌えを共有しようぜ」 「あ、そうなの? ごめんりっちゃん、ありがとう! 明日私のオススメ漫画も持ってくるね、ちょっと絵が古いんだけどめちゃくちゃ萌えるよ」 「なにっ!? それは是非俺にも読ませてもらえると……!」 「はわわ、わたしにも是非……!」  新たな萌え漫画の予感に思わず乗っかる俺とあいちん。かなやんは笑って承諾してくれた。 「いいよぉ、じゃありっちゃんの次にうっちゃん、あいちんね。……そうだうっちゃん、雨宮先生の次の新刊いつ出るの? もう待ちきれないよ~!」 「んーと、あと二ヶ月先かなぁ」 「まだそんな先なの~!? うっちゃんは発売前に読めるからいいなぁ!」 「先読みってか俺、アシやらされてるからね、人使いが荒いぜかーちゃん……俺だって夏コミの新刊執筆中なのにさぁ」  俺の母親はBL漫画家だ。ペンネームは雨宮ヤヨイ(本名は雨宮弥生)、現在人気BL雑誌で連載している。ちなみに父親はその雑誌の編集者で、母がデビュー作の原稿を持ち込んだ際に出逢い、お互いヒトメボレしたらしい。息子的には死ぬほどどうでもいい情報だけど。 「えーうっちゃん新作書いてるの!? 読ませて読ませて~! てか、また原稿手伝おうか?」 「いいの? 是非おねがい! 今下書き中だから線画終わったらよろしく」 「私も手伝うよ~! 背景やらせて!」 「じゃあ私モブ描くー!」 「是非お願いシマッスシマッス」  イベント時の締め切り前夜は家中が修羅場と化すので、その申し出はかなり有難い。毎回お世話になってます、友人絵師さんたち。ちなみに俺たちは全員美術部員だ。BL研でも漫研でもない。 「うっちゃんの漫画も楽しみだけど、葉月(はづき)さんと皐月(さつき)さんの漫画と小説も楽しみだなぁ! あ、ねぇ如月(きさらぎ)さんは次のイベントで何のコスするの?」  俺を含め、俺の姉たちもBL漫画描きとBL小説書きだ。姉弟で一次創作の同人サークルもやっている。(でも個人誌も出している)三番目の姉の如月だけ創作畑でなく、コスプレイヤーだ。 「まだ秘密だって、驚かせたいらしいよ。俺に言うとすぐバラすからって教えてくれないんだよぉ……」 「きゃーっ楽しみすぎるぅ!! 如月さんのコス、ホントに毎回再現率高過ぎだよね……!! ああ~うっちゃんの家がホントにうらやましいよぅ……交替して欲しい。そしたらわたし毎晩如月さんのベッドに潜り込むから」 「き、きさ姉は渡さないぞ……」  同じレイヤーであるかなやんは三女の如月こときさ(ねえ)の大ファンだ。そして俺はきさ姉のことが大好きなシスコンだ。  ちなみに姉たちは上から順に葉月(はづき)皐月(さつき)如月(きさらぎ)、そして俺が末っ子長男の卯月(うづき)。どこぞの長科白ホームドラマのような名前の姉弟だけど、渡る世間に特に鬼はいない。いるのは腐女子ばかりである。
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