そして凸になる

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 河原コイは私にとって、かぐや姫のような存在である。  すらりとした長身、肩口くらいまである黒髪は後ろで束ねられ、細く長い首を装飾しているようにつややかに揺れている。切れ長な二重まぶたはいつでも穏やかな微笑みをたたえ、美しく整った鼻筋と豊かな唇がそれを補い表情を完成させている。  穏和だが主張はする。寡黙だが短い言葉で明確に意思を伝える。頭脳明晰。あと巨乳、ホント羨ましい。  一体前世でどんな徳をつめば、こんな風に生まれ育つのか。  神様は不公平である。 「ここ、二乗じゃない」  教科書から目を離さないまま、私のノートに書き込まれた計算式の一点を指さしてそう指摘するコイちゃん。 「えっ!あっホント……か?」  確かに私が書いたはずなのだが、どの時点からどう計算違いをしているのかが判らない。 「多分ここの6忘れてる」 「なんでそんなの分かるの?」 「ユウが間違えそうなとこ、いつも考えてる」 「……ふぅん?」  前言撤回。コイちゃんは偶によく分からない。 「それって、問題解いてる時の話?いつも?」 「うん」  こともなげに頷くが、なんだってわざわざそんな事を考えながら勉強しているのか。 「人に教えると自分の理解度が分かるから、頭の中に小さいユウを住まわせてる」 「小さいってゆーなっ!」 「ユウが小さいとはいってない」  いいながら、教科書を閉じて鞄にしまう。 「4時半だよ、勉強おしまい」  コイちゃんはつらっと読むだけで上位一桁。私はガリ勉で三十位以内がやっと。  バタバタと帰り支度をしている私を、コイちゃんはゆったりと椅子に腰掛けたまま、眺めるその顔はやはり微笑。  出会った頃から同じ。この顔以外のコイちゃんを私はほとんど見た事がない。 『かぐやひめだ!』  初めてコイちゃんを見た時に思った事。  母親同士が幼馴染で、連れられて家に遊びにきたコイちゃんはうっすら光ってさえみえた。  中学生となった今でもその印象は変わる事なく、コイちゃんは親友かつ、憧れのかぐや姫のまま。 「おまたせ」 「うん」  帰り支度を終え私が立ち上がる、時には既にコイちゃんは横に立っている。必ず私の右。ハッキリ決めた訳ではないが、定位置というか、阿吽の呼吸というか。  おはようからおやすみまで、例えお互い無言だったとしても万事滞りなく過ごせるだろう。家族以上、熟年夫婦さながらである。  コイちゃんはかぐや姫なので、男でも女でも、愛の告白などは全て突っぱねているが、いずれ彼氏が出来たら私はどっちだろう。友達として妬くか、家族として妬くか。 「今日もユウの家いっていい?」 「いーけど最近ウチばっかだね」 「うん、私の家だと晩ご飯つかないし」 「別にそっちでも作るよ?」 「ユウの家で食べたい」 「まぁ、うん。リクエストある?」 「オムライス」  互いに片親の鍵っ子同士なのでコイちゃんも料理は出来る。ただコイちゃんには勉強に生活にと依存気味なので、せめてもの礼に料理は私がしている。 「卵ないかも」 「うん、ない」  と、話す頃にはスーパーに着いている。  以心伝心。  私の方こそ、コイちゃんより安心な人なんて、生涯現れる気がしない。  ある日突然、月に帰るとか言われたらどうしようか。
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