そして凸になる

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 海原ユウは私のいばら姫である。  細身で小さく無限に庇護欲を掻き立てられる体躯。豊かな髪はシルクのように滑らかな肌に併せたように色が薄い。大きな瞳は黒く輝き、その目でじっと見つめられると私の心は蕩けて何も考える事が出来なくなる。きっと産まれた時に、そういった何かを妖精から贈られたのだろう。  底抜けに明るく朗らかであるが、苦労していない訳ではない。幼い頃は体も気も弱かった。イジメを受けた事もある。  でも彼女は恨まない、怠らない、腐らない。明るく、強く、高潔な人間なのだ。  ああ、私は一体前世でどんな徳をつんだのか。  神様は不公平である。私にユウを与えるなんて甘やかしにも程がある。ありがとう、ありがとう神様。 「今日は三つでオムを巻いてくれよう」  エコバッグをふりふり、ふっふーんと胸を張るユウ。なんて愛おしいのだろう。ユウの一挙手一投足が私の顔を綻ばせる。その声はまるで小鳥のようで、遮る事は冒涜と感じる。 「うん、楽しみ」  私は努めて短く返事をする。だって二人の時間を占めるのは、ユウの声でなければならないから。ユウの声をずっと聞いていたい。そうして私の全てをユウで満たし、私の全てをユウに費やすのが理想なのだから。  出会った頃から少しも変わらない。 『あ、結婚しなきゃ』  初めてユウをみた時に思った事。  可愛いとか、愛おしいとか、他の言葉は遅れてやってきた。  即座に理解する。この子は妖精に祝福されている事、この子が持っていないものを贈るのは私であるという事も。  故にいばら姫。だからこそ私はひとつの妖精であり、王子様ではない。  そう、私では王子様になれない。  ユウには隠しているが、私はストレス性胃炎持ちである。  原因はこの身に宿るX染色体。何故もう一本伸ばしたままでいたのかと、自らの怠惰を呪う。Yであれば、あとたったひとつYであれば私は王子様だったのだ。くそっ、Xめっ、Xめっ、Xめっ、忌々しくて仕方がない。ふたつもいるかボケ。並べ連ねて一体なんの罰だ。くそっ、くそっ、くそっ。  そんな訳で私は妖精だが、ユウとは結婚しなきゃいけないので、同性婚というハードルをどうにか越えねばならない。  汎ゆる点で男性に勝らねば。昔よりずっと理解が進んでいるとはいえ、子供を産めないというのは、親からすれば納得できないだろう。子孫というifを忘却の彼方に追いやる程の幸福を、ユウに贈らねばならないのだ。妖精何匹分だ?アホか。  まあしかし女で良かった事もある。ユウにたかるゴミや虫は払えるし、何気兼ねなくユウの着替えも眺めていられる。お風呂も一緒に入れる。ガチでいかなきゃタッチだってイエスである。中学生女子のユウとキャッキャッウフフ出来るのは、私も中学生女子が故。男だったら不可能だっただろう。  私はユウの身長体重スリーサイズはもとより、ホクロの場所、筋肉の付き方、身体をどこから洗うかまで、全て脳みそに叩き込んでいる。ひとつも見逃したくない。今のユウは今しか見れないのだ。その希少価値は年々増すばかり。できれば全て記録したい。ユウの部屋の監視カメラだけじゃ全然足りない。ユウで埋めたい。ユウで満たしたい。ユウをぎゅうぎゅうに充填して、そこに包まりたい。全部ユウに包まれていたい。全部ユウに包まらなくちゃ満足出来ない。うん、ユウに包まれよう。包まります。 「ちゃんと包んであげるね」 「ぁ」 「ん、何?今日は被せないよ。オム」 「……ふぅ」  危なかった。危なかった。なんでこの子は自らお皿の上に乗ってくるのか。食べられたいのか?食べちゃってもいいのか?オム?オムなの?ユウったらオムなの?私を包んでおいて自らお皿に乗っかっちゃうの?あれ?でもそれを食べるのは私?ん?あれ?はい? 「どうしたの?もしかして体調悪い?コイちゃんあんまり顔に出さないから…」  おっふ!な、な、二人きりとはいえ道でそんな!おデコにそんな!ちっちゃなおててをアンタ!こらっ!ダメっ!そーゆーのは家に帰ってから!ちょ、せめてシャワー浴びさせて!汗臭いから!あ、でもユウが汗まみれな分には全然構わないっていうか寧ろ付けられるなら喜んで課金しますっていうか… 「やっぱりちょっと熱あるんじゃない?大丈夫?」 「全然?今日暑んふぅ」  ふぅー、ぉっふぅー、はぁー結婚してぇー。い、いい、いいのかな?公然いちゃこら罪ダゾっ。これもう付き合ってるって事でいい?いいよね?事実婚ってやつだよね?もぅー仕方ないなぁー、ユウのものになります。ユウに所有されます。して?しよう?もう結婚するしかないよね?ねぇ? 「ん?あれ…」  な、なんでしょう?この発熱は純然たる性欲であって当方やましい気持ちはございません。ただ今すぐ喫ユウ店にシケこんでゆるりと一服、ユウを喫したい。 「なんか……浮いてる…」 「うん、ユウ。ちょっと下がって」  喫してぇー、いや寧ろ溺れてぇー。肺にユウを流し込みてぇー。はぁーかわいっ。血管直でつないでユウの血液心臓に送りてぇ。Oだからイケるよね?イケなくてもやるけど。 『た……たすけて…』 「宙に浮いてるぬいぐるみを助ける義理はない。他を当たって」 『おねが……い……はなしを…』 「聞かない。ユウ、道をかえよう」 「コイちゃん、でも…」 「ダメ。コレは多分関わらない方がいい」 『け、けいやくして……いましないと……みんなしんじゃう…』  ああ結婚したい。私がユウの所有物だって。法的に認められたい。ユウにぴったり貼り付いて、王子様から遠ざけたい。離れたくない。くっついていたい。  でも、でも。  私のキスでは……きっとユウは目覚めない。 「あっ、ねぇキミ。だいじょうぶ?」 「ユウ。関わっちゃダメ」 「だって!こんなにボロボロで!」 「だからこそだよ」 『け、契約して……みんなを……助けて…』 「わかった、どうすればいい?」 「ユウ。いけないってば」 『声に出して……契約するって。そして……この光に触れるんだ』  胃が痛い。胃が痛い。ユウに触られるといつもこうなる。気持ちが溢れる。感情が暴れる。辛い。好き。苦しい。愛しい。ユウのものになりたいのに、たかが性別ごときが、山より高く邪魔をする。 「うんっ!契約するっ!」 「あぁもぅ……私も契約する」 「コイちゃんいいの?」 「不可抗力、ユウが心配」 『ありがとう、ボクのマホオ少女達!』  ユウのものになりたいなりたいなりたたいたいいたいいたい痛い胃が痛い痛い痛いいたいなりなななりりりたいい。
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