第二章 源実朝

55/61
前へ
/100ページ
次へ
2月15日/水無瀬第6日目  後鳥羽はその日一日、常に実朝を(はべ)らせた。侍らせているだけではない。隣にいる実朝の肩や腰を抱き寄せて、しばしば体を密着させている。  かなり親密な二人の様子に、(ははぁ、あの若者も気に入られて上皇様から情けを受けたのだな)と周囲の者は思っても、水無瀬ではよくある光景なのか、誰も好奇の目を向けることはなかった。  ――ただ一人、泰時を除いては。  後鳥羽が所用で中座した隙を見計らって、ようやく泰時は実朝と話すことができた。 「サネ様、その…お身体は辛くはないですか?」  遠回しの心配に対して、実朝はやんわりと答えた。 「大丈夫。上皇様は優しくしてくださるから」 「こんな…こんなことが(義時)伯母(政子)に知られたら…」 「ヤスは、見ざる聞かざる言わざるでいればいいよ」  かえって当の本人が平然としている様子に、泰時は憮然(ぶぜん)とする。内気で純情な実朝に対して、後鳥羽は一体何ということをしでかしてくれたのだ。 後鳥羽が何事にも精力的に取り組む性質(たち)なのはわかるが、よりによって鎌倉の征夷大将軍に手を出すとは…よほどの好き者か、鎌倉殿を身体で従属させようと企む策士なのか…あるいはその両方なのだろうか。  もともと後鳥羽にはいい印象がなかったし、それは先方も同じだろう。  だが、この時、泰時の中で後鳥羽に対する反感がむくむくと膨れ上がった。 泰時は心中密かに思った。 今までは、強いて感情を押さえつけてきたが、後鳥羽から受けた所業の数々を自分は一生忘れまい…と。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加