Ash doll.

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「死んだら、雪になるの?」 モニターの光がソワレの幼い輪郭を照らす。窓のない暗い部屋で、瞳は人工的な光を宿し、ひときわ輝くサファイアのよう。純粋さと切実さを孕んだそれは、まっすぐとノマドに向けられた。 「雪にはなれないよ」 ノマドはいつものように、あっさりと答えた。そう答えるよう、決まっているからだ。 「じゃあ、これは何?」 大画面に吹雪く白い雪。降れども降れどもやむことない白い粒子。無秩序に舞踊り、ときに六角の結晶がモニターに大きく映る。 「これは、灰さ」 「灰……」 「そう、役目を終えた木製アンドロイドを燃やすと灰になるんだ。そして、その灰は雪の結晶の形をしている。創造主(人間達)がそうデザインした。廃棄しても美しくってね。でも、形がそうであっても、実際は灰……。残念だけど、土に還るまで何十年もかかる。雪のように儚くはないのさ」 「……わたしの役目は終わったの?」 「君は子どもの居ない夫婦に、子どもが居る生活が良いものとして普及させるためのひとつのツールだ。スミス夫人が第1子を無事出産して、役目は終わった」 「わたしは燃やされて、この粉になってしまうのね。……でも、とってもキレイ」 ソワレは画面に両手をあて、頬を寄せた。 9割の人類が愛らしく感じるようにと設計された顔は常に笑顔で、口角は下がらないようにできている。垂れ目は優しい印象に、小さな唇はふっくらと、柔らかい声は聞き取りやすく。 ―――良い子のソワレ。大好きよ、おやすみ。 マミーは眠る前にそう言って頭を撫でてくれた。感情はプログラムされていないが、そのひとときで1日を終えることをソワレは合図として待っていた。その合図が無くなってしまうことは仕方の無いことだと、マミーとダディーと別れ、この部屋に入ったとき、状況は正確に理解した。いや、状況などとっくに理解していた。ただ、ソワレは確認したかったのだ。 廃棄、という紛れもない事実が自分に突きつけられていることを。 それは、マミーが我が子を胸に抱いたとき、もう、気づいていた。マミーはソワレに見せたことのない嬉し涙をこぼし、鼻を赤くしていた。ソワレはそれを見たとき、なんともいえない熱を感じた。しかし、その正体が何かは分からなかった。明らかだったのは、ソワレの存在意義が、その日から消滅したことだけ。 「……すぐ焼かれてしまうの?」 マミーとの記憶はもう役目を終えた以上、必要が無い。ノマドはゆっくりと首をふって、ソワレを見た。ノマドはソワレと変わらない背丈にも関わらず、中身はもうずっと昔の、はるか昔のものを見てきたような、何ごとにも揺るがない、静観する(もの)だった。 「アンドロイドは道具だけど、使い捨ては罪悪感がある。子どものアンドロイドに限って、廃棄前に1日だけ特別な時間を貰えるんだ」 「そうなの!? 特別な1日、……楽しそう」 好奇心プログラムが刺激され、ソワレの口は否応なく動いた。
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