Ash doll.

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◆ 「あれに乗ってみたいっ!」  何匹かの馬の立て髪が発光し、回転している。それを指さしたソワレは走る速度をさらに上げた。 「待って、僕は君のように移動できないよ」 「ノマドって、見た目はわたしと同じぐらいだけど、中身はグランドファザーみたいね。腕とか膝とか肌色のメッキが剥がれて、木が見えてる。耳の部分も少し欠けてるわ」 「僕は旧式だからね」 この星に一体しか存在しないんだよ、と説明しようとして、ソワレの興奮した声にかき消された。 「きゃっ! すごい! あれはメリーゴーランドっていうんでしょう? ノマド、一緒に乗りましょうよ!」 小さな手がノマドの服を掴む。強く引かれ、ノマドの中に眠っていた微かな好奇心プログラムが動く。何度も子どもの木製アンドロイド達を見送って来た。そのたびにじくじくとノマドの中のあるはずがない「何か」が刺激される。不規則な信号に近い波動は、子ども達から預かっているICチップのデーターの中に、人間達と過ごした記憶が封じ込められているからだろうか、とノマドは思った。  が、間もなく陽気な声に思考は遮られた。 「これに乗った後は、ジェットコースターに乗ろう! ノマドは乗ったことある?」 「ジェットコースター? 僕の体は吹っ飛んでしまうよ」  上下する煌びやかな木馬は光を連れて色彩を変えてゆく。追いきれない光の粒にまじってノマドはいつものように、なるべく淡々と答えた。 「君の前に廃棄された子も乗ったよ」  ソワレは口角が上がったままの笑顔で、小さく頷いた。 「みんな役割を終えて、自由になったのね……」  木馬に横座りになった栗色の髪が淡く揺れる。スミス夫妻がオーダーした通りの外見で作られたソワレは4年間、6歳児の外見のまま過ごした。永遠に過ぎることも戻ることもない、時に負けない機能と能力があるのにもかかわらず、創造主(人間達)によって定められたルールによって、自分の意志を持ち生きる、という選択肢は与えられない。そんなことが許されては、人類はこの星の支配者でいることができない。あえて、アンドロイドを定期的に破棄する仕組みを作ることで、人類は人類以上の知的生命体の存在を淘汰(とうた)している。いくら人の形をしていても所詮は道具だ、とアンドロイド達に思い知らせるために。  ノマドはそれを知っているし、ソワレはその運命を受け入れている。 「自由になったし、永遠になった」  ノマドの言葉にソワレは首を傾げる。 「それはどういう意味なの?」 「……また後で話すよ。このメリーゴーランドは2周目で速度が上がるんだ」 「え? うそっ!?」  ソワレが歓喜の声を上げた矢先、馬達の動きと流れていたメロディは速くなり、南瓜(かぼちゃ)のイルミネーションが輝きを増す。人間達が作り出したメリーゴーランドも、自分達も大差はないのに、役割が違う。光のシャワーを浴びながら、笑顔がデフォルトになってしまった二体のアンドロイドは、手すりを握る。 「ノマドっ! 楽しいねっ! 特別な1日が永遠に続けばいいのにっ!」  表情に相応しい言葉をソワレから聴けたことで、ノマドの体の奥から安堵を含む深い息が出た。
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