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ジェットコースターに乗った後、最後に観覧車に乗りたい、とソワレはそこに向かった。走り出す彼女に追いつこうとノマドは彼女の栗色の髪を目指して加速した。異変に気がついたのは、ノマド本人よりソワレの方が先だった。
「ノマドっ! 脚が変よ」
「え?」
ノマドは静かに悲鳴を上げ続けていた膝を見た。肌色のメッキが剥がれているのは15年前からのことなので問題はないが、問題は角度だった。あらぬ方向に向いており、それでもなんとか体のバランスを保とうとして、関節部分の金属が剥き出しになっている。
約100年前の鉄が骨組みだ。チタンを使用しているソワレとは軽さや強度は比べ物にならない。
「掴まって」
ソワレは軽やかにノマドの腕をとり、体を支えた。そのまま、観覧車へと近づいていく。
「ソワレ、ごめんね。特別な日なのに……」
ノマドの中の危険感知プログラムが作動する。およそ100年間、子どもの木製アンドロイドの破棄を果たしてきた。木製アンドロイドは役割を失うと破棄の運命を辿る。いくら特別な1日を提供する側のアンドロイドだったからと言って、ノマドに例外が適応される訳もない。そうすれば自分の運命もーーー。
「ノマド? 大丈夫? 観覧車乗れる?」
今まで、自分はまだそっち側ではない、と思っていた。創造主はノマドを必要としていた。機械とは分かっていながら、子どもの外見をしたアンドロイドを焼くなどと残酷な場面を見たくないと言う創造主のためにノマドは存在していた。
「大丈夫、乗れるよ」
ノマドは溢れ出そうな何かを必死に食い止めながら、ソワレの見た目より頑丈な腕の力を借りて、乗り場に回ってきたゴンドラに乗り込んだ。
不安定な足場にびくともせず、ソワレはノマドを椅子に座らせると、反対側へ腰を下ろした。
「ソワレ、ありがとう」
「いーえ、どういたしまして。こう見えても、ダディーが酔っ払った時、ベッドまで運んだことがあるの。ダディーは体重が80kgもあるの。わたしの4倍よ? 子どもアンドロイドじゃなくて、メイドアンドロイドにもなれるんじゃないかって、思ったもの。……でも、そんなことは無理だけどね」
「……無理じゃないさ」
「どうして?」
「僕たちにはICチップが埋め込まれているだろう?」
「それがどうかしたの?」
ノマドは自分の頭頂部を見せた。右耳の後部に頭髪に隠れた数字。ボタンを押すと、頭が箱の蓋のように開いた。そこには、takuto、nemiru、rurily、mederu、dio……、名前が刻まれた数えきれないほどのICチップが積み上がっていた。創造主に見つからないよう、且つ、錆びないように念入りに管理されたそれは、ノマドのささやかな意志だった。
「僕は、廃棄が決まった子たちととびっきり幸せな特別な1日を一緒に過ごした後、ICチップを預かって、身体だけを燃やしているんだ。いつか、アンドロイドがアンドロイドを作れるようになったら、この子達を助けてあげられる」
ノマドは頭の蓋を閉め、ふうと息を吐いた。ゴンドラの向こうはもう空が灼熱に染まり、宵の帷が今日に幕を引き始めていた。
1日の終わり、特別な夢がいつまでも続くことを伝えると、子どもたちは歓喜の声を上げた。
「……いわ」
「ん?」
「わたしはICチップを渡さないわ」
「え?」
ソワレの返事にノマドは言葉を失った。
「それじゃあ、君はそのまま廃棄されてもいいの? ICチップさえ残せれば僕たちはいつかまた身体を手に入れるかもしれないんだよ? それに、スミス夫妻のところにシッターアンドロイドとして帰ることができるかもしれない。なのに、なんでーーー」
「……なんで、はこっちのセリフよ、ノマド」
ソワレのサファイヤのような瞳がノマドにまっすぐと向けられた。首を振りながら、笑顔以外になれない表情はそのままに、言葉だけ硬く。
「わたし達はアンドロイドなのよ? 道具はいつか役割が終われば捨てられるものなの」
ノマドは思ってもなかったソワレの返事に言葉を失った。しかし、今ここでノマドが諦めてしまうと今まで破棄した何千体のアンドロイド達の希望がついえてしまう。それだけは避けたかった。それに自分の身体はもう限界だ。次のメンテナンスで、修復不能と判定されたら新型アンドロイドと交代させられてしまう。
何か。
ソワレのプログラムを動かす、何かはないのか。
ノマドは焦りながら、今まで破棄した子の記憶を辿った。皆一様にして大事にしていたのは家族との記憶だ。そして、この最期の時別な1日には、家族とのことを懐かしむ子ども達が多かった。
「……君だってスミス夫妻ともっと一緒に居たかっただろう?」
ソワレはまっすぐにノマドを見たまま、
「ええ、もっと居たかった。なんなら、ずっと。それこそ永遠に」
と、答えた。
「じゃあ、ICチップをーーー」
「……いえ、渡さないわ」
「どうしてーーー」
「わたしはアンドロイドなの。この身体も、ICチップも、チップの中のマミーとダディーの記憶も全部わたしのものなの。誰にもあげたくないのよ。もし、このICチップをノマドに預けたとして、いつか別のアンドロイドになって、またマミーとダディーに会えるかもしれない。また、マミーと話ができるかもしれない。でも、違うのよ。もう、ソワレで良い子ねって、頭を撫でてもらって、おやすみって言って貰えない。違うアンドロイドになったら、マミーから貰ったあったかい何かがまったく違うものになる気がして嫌なの。だから……」
ゴンドラが左右に大きく揺れつつ頂点に到達し、夕陽が地平線の向こうに消えた。ソワレはもう一度はっきりと、ノマドに向かって、口を開いた。
「だから、わたしはわたしを渡せない。ごめんなさい」
「いや、僕も無理を言ってごめん。……いつ、なんて約束できないから」
「違うの。ノマドが信頼できないんじゃなくって……」
「じゃなくて?」
「あのモニターで雪の結晶を見たとき、思ったの」
「何を?」
「……自由になると、命って輝くんだなぁって」
ノマドはソワレに両手を差し出した。ソワレは首を傾げながらも、ノマドの手を取った。両手をお互い強く握り合い5秒が経過し、ゴンドラが地上に到着した。そして、特別な1日も同時に終了した。
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