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だって、そんな彼女がこの俺の彼女だよ?
どう考えても出来過ぎじゃあないか?
近頃、連絡を取る度に、そんな想いに囚われていた。
それもその筈、連絡を入れるのは大抵が俺からで、言葉数が多いのも俺の方で、彼女はいつも相槌を打って笑ってくれているだけなのだ。
でも、それは遠距離になったからという訳ではない。
以前からそうで、あまり彼女は自分自身を表現したがらない、控えめな女性だった。
彼女は変わらない。
いや、変わらないように思うのだけれど、近頃はそのことに疑問符を付けるようになっていた。
自分の気持ちを表現するのが不得手な彼女の気持ちが、視えない電話越しだと余計に見えなくなって、俺は不安を煽られる。
本当に俺のことを好きでいてくれているの?
いつもの仕事の帰り道、残業に疲れた脳は、電車に揺られながら順繰りにそのことばかりを考えていた。
身体に馴染んだ行動パターンのままに停車駅で降り立ち、人の流れに沿って改札口を出たところで、俺は胸ポケットに入れてあった携帯を取り出した。
何ら伝言も着信もない画面を確認して、ふっと諦めに似た苛立ちが湧く。
「俺が連絡しなくなったらどうなんのかな……」
そんな仄暗い想いは一瞬でしかなかった。
どうなるって、決まっている。
「あっさり終わるに決まってるじゃん」
グッと、携帯を握り締め、俺は彼女に電話を掛けていた。
彼女が出なければ、もう縁がないと諦めよう。
そんな気持ちもあったのだ。
数回のコールで彼女は電話に出た。
神様はまだ望みはあると告げているのかもしれないと、俺は少しばかり持ち直す。
でも、次の言葉にそんな淡い神頼みは脆くも崩れ去った。
『ゴメン、明日は仕事なの』
基本的に彼女も俺も土日祝日は休日だったが、彼女の場合はそうしたことが稀にあった。
よりにもよってと、臍を噛んだが仕方がない。
「いいよ、それでも会いに行く」
旅費が勿体無いよと、彼女はまるで会うことに乗り気ではなかった。
『それに、明日は残業にもなりそうなの。今、仕事が立て込んでいて……』
申し訳なさそうに零す彼女とは裏腹に、俺の腹の内から湧き出て来るものが、純粋に愛情であったなら良かったのだろうけれど、振り返ってみてもただの意地だったとしか思えない。
俺はそれでも構わないと、ゴリ押して電話を切っていた。
要は、彼女にプロポーズすることしか頭に無かったのだ。
片道五時間近くを掛けて、俺はようやく彼女の住む賃貸マンションの前に辿り着く。
ロビーで部屋番号を押したが、虚しくコール音が響くだけだった。
「残業だって言っていたもんな……」
時刻は既に二十時を回っていたが、二十一時を回るかもしれないと彼女は告げていたのだ。
俺は車中に戻って、暗い道に彼女が現れるのを今か今かと待っていた。
「なんか、ストーカーぽいな……」
ふと、そんな気持ち悪さを自身に覚えて、頭を振った。
こうも身構えてしまうのは当然だ。
なんせ、今日という日はただのデートで済ますつもりはないのだ。
言うなれば、一世一代の大勝負。
プロポーズというおまけまでが付いている。
いや、おまけではないのだが、会いたいが先行していておまけに感じられていた。
「ふぅ~。落ち着け、俺」
思い立ったのは不意にだったけれど、まったくのノープランという訳ではない。
その為の検索だってばっちりして来たさ。
この近くに夜景の綺麗な穴場があって、俺はそこで彼女に愛を告げようと考えていた。
そこは少しばかり急な山道になるのだけれど、山肌に岩座が突き出しており、そこからの眺めが絶景なのだとか。
俺たちの出会いは、そもそもが登山が趣味だったことにある。
これくらい機転が利いている方が、彼女も喜ぶに違いないと踏んでのことだった。
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