クリスマスが、終わるときまで

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 僕がサンタクロースに弟子入りしてから、初めてのクリスマスがもうすぐやって来る。  クリスマスイブまで残り一週間、師匠と共に世界中の子供たちへのプレゼントを用意するため、寝る間も惜しんでせっせと働き続けている。ぬいぐるみにゲーム機、スケボーにサッカーボールなど、子供たちが欲しがるプレゼントは多種多様で、それを集めるだけで相当の苦労を要するのだ。そしてそれを配るのももちろん大変だろう。だけどプレゼントを受け取る子供たちの笑顔を思い浮かべると、僕は疲れるのなんてどうだってよく思えるのだった。  束の間の休憩を取っていると、師匠から一枚の写真を渡された。そこには可愛らしい男の子が写っていた。 「この子は?」 「裏に住所が書いてある。今からさ、ちょっとこの子のとこに行ってきてほしいんだよ」 「……わかりました。でもなんのためにですか?」 「まだその子だけ、クリスマスに何が欲しいのか分かってないんだ。あと一週間だろう?もう困ってしまってさ」  師匠は眉を八の字にしながらそう言った。ただでさえ優し気な顔をした師匠がそんな表情を作ると、随分悲し気に見えたりする。 「そういうことですね、了解しました!じゃあ早速行ってきます」  ソリに乗り込み出発する。ソリを引くトナカイが勢いよく駆け始めると、僕の身体は一瞬ふわりという感覚に包まれ、そのまま僕らは宙を浮き空の上を走りだすのだった。ソリの操縦はまだ習ったばかりで緊張するけど、また一つ立派なサンタクロースに近づけた気がしてなんだか嬉しくなる。  渡された住所の所に到着すると、そこには一軒の家があって、僕は男の子が出てくるまで隠れて待っていることにした。その家は大きな家だけどなんだか元気が無いというか、静かすぎる気がした。この町の人達にソリが飛んでいる姿を見られるわけにはいかなかったから、今はまだ真夜中だった。  朝になり町中が起き始めると、家からはまずお父さんらしき人が出てきておそらくは仕事に向かい、その少し後に男の子が出てきた。その男の子は顔をうつむけながら歩き出し、近くの公園のベンチへと座った。男の子はそれから何をするわけでもなく、そのままちょこんと座っているだけだった。 「もうすぐクリスマスだね」  僕は男の子の隣に座るとそう話しかけた。男の子は自分が話しかけられたことに気づくと、不思議そうな顔で僕を見上げた。 「クリスマスさ、君みたいな男の子だったら特に楽しみじゃない?嬉しいこと楽しいことがいっぱいだよ」  男の子は黙り込んだまま僕を見つめていた。 「七面鳥食べてさ、ケーキ食べてさ、ジュースとか飲んだり、パーティしたり、それにクリスマスの朝になったら枕元にサンタからのプレゼントが届いてる。どう?楽しみじゃない?」 「……別に」  男の子は再びうつむくと、小さな声でそう呟いた。 「プレゼントだよ?ゲームに自転車に図鑑に鉄道模型、なんだって好きな物頼んでいいんだよ。なんか無いの?欲しいもの」 「……」  男の子は黙り込むだけだった。 「サンタクロースに遠慮なんかしちゃだめだよ、ほら絶対なんかあるだろ、試しに僕に言ってみな? 別に減るもんでもないし。君は利口そうだからそうだな、天体望遠鏡とかは?」 「……サンタには無理だよ」 「……え?」 「サンタには無理だよ!」  そう叫ぶと男の子は走ってどこかへ行ってしまった。  その子のお父さんは、師匠に負けず劣らず随分と穏やかで優しい顔をしていた。師匠に比べるといささか気弱そうではあるが。 「私の妻、要はあの子の母親はずっと病気がちでして、先日ついに亡くなってしまったんです。それからあの子は学校にも行かずに、ずっとあんな調子で……。父親として情けない話なんですが、私はもうあの子になんて言葉をかけてやればいいのか……。せめてクリスマスくらいは、あの子にもう一度笑ってほしいんですけど。すいません、わざわざサンタさんにこうして来てもらったのに」 「いえいえ!それにサンタって言ったって、まだ駆け出しみたいなもんですから!いくらでも!」  結局、お父さんとしばらく話してみても、男の子にあげるプレゼントが思いつくことは無かった。  あの子は何が欲しいのだろうか、きっと何かを欲しいという状態ではないのだろうと思うけど。  僕はひとまず師匠のもとに戻り、男の子の話を報告した。それを聞きながら師匠は、白くて長くてふわふわの顎ひげをゆっくりと撫でながら、じっと黙り込んで何かを考えているのだった。とはいえまだ他の子供たちのプレゼントの準備が完全に終わったというわけではなかったから、僕も手伝いに戻りながら、師匠とまたせっせと、そんな仕事に追われることとなった。そしてあっという間に、クリスマスの前日が来た。 「いよいよ明日はプレゼントを届ける日ですね」  あの男の子ただ一人を残して、他の子供たち全員のプレゼントの準備はすっかり完了していた。ソリにたくさんのプレゼントが積み込んであって、明日一気に届けてしまうのだ。  だけど何やら師匠はごそごそと、空っぽのソリを一台倉庫から取り出してきて、どこかに出かける準備をしていた。ソリの先に取り付けたロープをトナカイの首につなぐと、 「じゃあ行くぞ」  と僕に言うのだった。 「どこにですか?」 「サンタには大事なことが一つある。どんな子供にだって、その子が一番欲しいと思うものをプレゼントしてやることだよ」  師匠は笑い、師匠と僕を乗せたソリは勢いよく走りだした。冷たい風は僕の頬にビュウビュウと勢いよく当たり続ける。僕はいつもその鼻水も凍りつくほどの寒さと風を我慢するばかりで、せっかくの綺麗な景色もそれほど楽しめないでいるのだ。隣を見るといつだって師匠は、全然へっちゃらみたいな顔をして微笑んでいる。きっとたっぷりと生やしたヒゲのおかげで寒さも感じないに違いない。僕にも早く生えてくれればいいのにって思う。  なぜかソリは天へ天へと駆け昇り続けているように見えた。目の前にはだだっ広い青空とその中心を走るトナカイ以外、何一つ見えなかった。 「師匠!どこまで昇るつもりですか!?もうこのぐらいで十分だと思うんですけど!」 「なあにまだまだ。もっと上にあるんだ」 「上!?」  風の音のせいでのんびりと会話も出来やしない。師匠はいつまでも笑っていて、僕はもう師匠を信じてどっかりと腰を据えて、このまま空を昇り続けてどこに辿り着くのか眺めているしかなかった。  クリスマスイブの夜、師匠と僕は一晩中プレゼントを配って世界中を回った。そしてクリスマスの朝に、枕元でプレゼントを発見した子供たちは歓喜の声をあげて笑顔いっぱいに、喜んでくれるのだ。  そしてもちろんあの男の子にだって、クリスマスの朝にプレゼントが届かなくてはならない。僕は師匠に最後の仕事を預かるとソリを走らせ、あの男の子のもとにむかった。  男の子と父親が、ドアベルの音を聞き扉を開けるとその瞬間、彼らは溢れんばかりにその両目と口を大きく開き、あまりの衝撃に声をあげて叫んだ。なぜなら扉の前に立っていたのは、亡くなった男の子の母親、そして父親の妻だったからだ。  あの時、師匠と僕が雲を越えどこまでも高く昇ると、その奥にまた小さな雲の塊が見えた。その塊は僕らが近づくにつれ徐々に大きくなり、間近に迫った頃にはそれが視界を完全に覆い尽くすほど巨大な塊であることに気づいた。そして僕達はそのままその中に突入した。そこには柔らかい空気と光に包まれた国があった。 「……天国ですか、」 「ここに居るのさ」    僕も家の中に招かれ、久しぶりの再会に喜ぶ三人を眺めた。父親は顔が涙まみれでまともに話すことも出来ておらず、男の子はずっと母親の顔を見つめながら、本当に嬉しそうな顔をしていた。そして彼の目元にもきちんと涙が溜まっていた。  その姿は、僕が見た天国よりもずっと幸せそうに見えた。それがいつまでも続けばいいのにと思った。このまま時間が止まってしまえばいいのにと思った。  だけど幸福な時間ってやつは、手のひらに落ちた雪の結晶みたく一瞬にして溶けて消えていくものなのかもしれない。幸せに溢れたこのクリスマスの日は、あっという間に夜になった。 「あのね、今日のクリスマスの日が終わったら、私はまた天国に帰らなくちゃいけないの」 「……嫌だ、嫌だよ!ずっとママと一緒にいたいよ!」 「本当は今日だってこうやって戻ってきちゃダメだったの。けどいつもお利口にしてるあなただから特別に、サンタさんがこうして私を、一日だけここに届けてくれたの」 「なんで帰らなくちゃダメなの?ずっとここに居たらいいじゃんか!」 「いい?よく聞いて。私とあなた達は、離れてるって思うかもしれないけど、ほんとはそんなことないのよ。私はいつだって、あの空の遠くから、いつだってあなた達のこと見守っているから。だから寂しくなんてないの。だからあなたはこれからもいっぱい勉強して、いっぱい友達作って、仲良くして、好きなことを見つけたり、それに夢中になったり、そうやって掛け替えの無いものをたくさん手に入れて、時にはお母さんみたいな素敵な女の子と出会って、恋をして、手の平じゃとても抱えきれないくらいの素敵な人生を、これから送ってほしいの。私はいつだって一緒にいるから」  男の子は頷いた。お母さんは微笑みながら、そっと彼の頭を撫でるのだった。  家を出てソリを走らせた。ソリが見えなくなるまで、男の子と父親はこちらに向かっていつまでも手を振り続け、僕の後ろに乗った母親は笑顔で手を振り返していた。彼らが見えなくなると、母親のすすり泣く音が、風に紛れて聞こえてくるのだった。母親は小さな声でそっと、「ありがとうございました」と呟いた。降り始めた粉雪は僕らの顔に当たって、その涙を隠した。
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