都合

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   ◇  勝仁達が住むアパートの前でタクシーを降りた。  南側に位置する道路からは、バルコニー側が丸見えになる。日が落ちたこの時間、ほとんどの部屋には明かりが灯っているというのに、勝仁の部屋は暗いままだ。  アパートの前の駐車場に、見覚えのある久留実の軽自動車が停まっていた。二人とも、徒歩で外出しているのだろうか。部屋にいないのであれば、無駄足という事になる。  祐司は逸る気持ちを押さえ、二階への階段を登った。  玄関ドアの前に立ち、大きく深呼吸する。もし久留実がいたら、突如訪ねてきた自分になんと言うだろうか。とはいえ、彼女にも会う必要はある。勝仁がいるにせよ、いないにせよ、だ。  果たして――呼び鈴を鳴らすも、応じる気配は一切なかった。やはり不在にしているのか。  ドアレバーに手を掛けてみると、鍵は掛かっていないようだった。そのまま引いてみると、思いのほか手応えもなくドアは空いてしまった。  すき間から吹き出した空気に、祐司は思わず顔をしかめた。異様な匂いが鼻をついた。生ごみと金属が混じったような、どこかで嗅いだ事のある不快な香りだった。  ただならぬ気配を感じ、ゆっくりとドアを開ける。隙間から差し込む街灯の明かりに照らされ、玄関の土間に黒い液体がこぼれているのが見えた。廊下へと続く液体を目で追い―― 「ひっ……」  その先に横たわる人影を見つけ、祐司は声を漏らした。 「か、勝仁か?」  思わず呼びかけたものの、即座にそうではないと気づいた。勝仁にしては、大きすぎる。  両手を伸ばし、壁を這わせる。ようやく探し当てたスイッチを押し、照明が点いた途端、祐司は息を呑んだ。  男が、倒れていた。  年の頃は祐司と同じか、もっと上にも思えた。筋肉の上に脂肪をまとったような、がっちりとした体格をしていた。祐司が初めて見る、知らない男だった。  黒く見えた液体は男の身体から流れ出た夥しい量の血液だったらしい。床に頬を押し付けたままぴくりともしない男の目はカッと見開かれたままで、こと切れているのは明白だった。 「どうして……どうしてこんなことに……」  込み上げる吐き気に、口元を手で覆う。嫌な予感がした。「助けて」と電話の向こうで訴えた勝仁の声が思い出される。結びつけずにはいられない。勝仁に一体なにが……勝仁は無事なのか……?  カタリ。  微かな物音に、祐司は身震いした。
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