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◇
――それから一年が経った。
本来であれば面会日を迎える一週間前には久留実と日程調整の連絡を取り合うのだが、祐司は連絡をできないまま当日を迎えていた。
年末が近づくに連れ、駅や電車の車内にも、参考書や単語カードをめくる学生の姿が目立つようになった。勝仁も今頃は同じように受験勉強に励んでいるに違いない。
考えてみれば、別れてからもう六年になる。当時小学校三年生だった勝仁にとってみれば、元々ろくに親子らしい思い出も残してこなかった自分なんて、赤の他人に等しいのかもしれない。高価なプレゼントや高級な食事を加味しても、二人きりの時間を苦痛に感じたとしても無理はない。
しかし――駅に向かっていた祐司は、ふと思いついて進路を変えた。だからといって自分が勝仁の父親である事に変わりはない。もし会えないのだとしても、プレゼントぐらいは送ってやろう。そう思ったのだ。
図書カードなら無駄にはならないし、受験生にとっても悪くはないだろう。確か一本隣の通りに、こじんまりとした書店があった。ポケットから取り出したスマホで、地図アプリを開こうとし――突如現れた着信表示に目を疑った。
勝仁。
画面には間違いなくそう表示されていた。
慌てて緑色の通話ボタンをなぞり、耳に押し当てる。
「……もしもし? どうした? お父さんだ」
返事はない。
回線の向こうには、沈黙だけが広がっていた。
「おい、勝仁だろ? どうした? 何か、あったのか?」
「…………て」
「え?」
「…………すけて」
「なんだって? 勝仁、おい!」
慌てて問い返すものの、応答はない。スマホはホーム画面に戻っていた。いつの間にか切れてしまったようだ。
なんて言った? 今。
――たすけて。勝仁はそう言わなかっただろうか。
狐に摘ままれたような思いで、着信履歴を確かめる。そこにある勝仁の文字と、電話番号。夢や幻覚ではない。
しかし、何度かけなおしたところでお留守番サービスにしか繋がらなくなっていた。急に不安が込み上げる。勝仁の身に、何が起きているのか。
意を決して久留実に掛けてみるものの、こちらは呼び出し音がなるばかりで、一向に出る様子がない。昔から久留実は、携帯電話をマナーモードにしたままバッグに放置する癖があった。なんのための携帯電話だと、何度文句を言った事か。
胸の中でもくもくと不安ばかりが込み上げる。ちょうどよく前方から走って来るタクシーを見つけ、祐司は両手を大きく振った。
勝仁が助けを求めている。
このまま見過ごすわけにはいかなかった。見過ごせるはずがなかった。
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