都合

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 音は、部屋の奥から聞こえてきた。  誰か、いるのだろうか。勝仁? それとも……?  ごくり、と生唾を飲み込み、足音を忍ばせながら一歩ずつ奥へと進む。  廊下の両側に、一つずつドアがあった。左側に並ぶのはおそらくトイレとバスルームだろう。突き当りのドアの向こうがリビングだとすれば、右は仁美か勝仁の部屋に違いない。  音は、その部屋から聞こえてきたようだった。  ゆっくりと近づき、恐る恐る、ドアを開ける。と―― 「勝仁……」  祐司は深く息をついた。ベッドの上で膝を抱え、丸くなる勝仁の姿があった。 「お前……無事だったのか」  膝の間に埋もれそうなほど垂れた頭が、微かに頷いたように見えた。 「一体何があったんだ。あれは誰なんだ?」 「……レシ」  勝仁は耳慣れない言葉を口にした。 「ママの……カレシ……。ずっと前から……一緒に住んで……」  祐司は耳を疑った。  新しい男ができただなんて、寝耳に水の話だった。 「彼氏って……それで、どうしたんだ? 何があった?」 「喧嘩……。ずっと前から……いつも喧嘩してて……今日も……」  断片的な言葉から察するに、要するに痴話喧嘩が高じて刃傷沙汰にまで発展したという事か。勝仁が無事だと知れて安心する一方、祐司の胸にむかむかと怒りが込み上げてきた。  勝仁のために面会をするなと言ってきた癖に、自分は新しい男を作って平気な顔をしていたというのか。その上仲睦まじくやっているというのならまだしも、一人息子を苦しめるほど、諍いの絶えない関係だなんて。あまつさえ、こんな最悪の事態まで招くとは。多感な時期で、受験だからとさんざんもっともらしい理由を述べる裏側では、まるっきり正反対の事をやっていたというわけだ。  となると、自分にもう会うなと言った本音もそのあたりにあるのかもしれない。新しい男と改めて家族関係を構築するにあたり、元夫が度々息子に会いに来ていたのではバツが悪いとでも思ったのだろう。いかにも久留実の考えそうな事だ、と祐司は思った。 「……それで、ママは?」  勝仁は黙って奥を指差した。リビングにいる、という事か。
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