唇に花束を

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「はじめまして。看護師の杉野絵美です」 ほのかちゃんとの初めての対面は、彼女の病室だった。 「ほのかちゃんの手術でいろいろお手伝いをします。一緒に頑張ろうね」 「はい」 彼女は少しの動揺も見せずに頷く。 「じゃあ、手術の流れを簡単に説明していきます。分からないところとか、難しいことがあったら遠慮なく聞いてね」 傍らに寄り添う母親も巻き込んで手術の説明を行うのがセオリーであるため、母親の表情を伺うと、母親は待っていたように口を開いた。 「ほのかは手術を受けるのは初めてではありませんし、そんなに丁寧に説明してくださらなくても大丈夫ですよ。それに弟もそろそろお見舞いに来ますから」 「そうですか。そうしたら手短に説明させていただきますね」 説明の間、ほのかちゃんは心ここにあらずという表情でぼうっとしている。 「何か分からなかったことはあるかな?」 絵美がそう問いかけたところで、母親のスマホが光った。 「すみませんちょっと出ます。弟が病院に着いたみたいで」 「承知しました」 「ほのか、お母さん出てくるから。看護師さんのお話ちゃんと聞くのよ」 そう言い残して母親はぱたぱたと去って行った。 「ほのかちゃん、もう一度聞くんだけど、質問とか……」 彼女ははっとしたように絵美に向き直る。 「手術終わったら、どのくらい入院していることになりますか?」 「そうだね、傷の治りにもよるんだけど、1週間もすれば退院できると思うよ!」 「え……」 彼女はショックを受けたように目を見開いた。 「1週間……」 口唇口蓋裂の手術を受ける小学生以上の子供は、夏休みなどの長期休みに手術予定を入れることが多い。そうすることで日常生活への影響を最小限にすることが狙いだった。 ほのかちゃんも例にもれず夏休み中に手術を行う予定になっている。 現在8月初旬。小学校は夏休み真っ只中だ。 初めて感情をあらわにした彼女に、絵美は必死に寄り添った。 「1週間も長いよね。夏休み、楽しいこともたくさんしたいよね」 ほのかちゃんはうつむいたまま、もう一度 「1週間……」 と繰り返した。 「傷は、1週間もあれば治るってことなんですね」 彼女は絵美を見つめる。 「そうだよ、傷跡は普通に見ただけじゃ分からないくらい綺麗に先生が治してくれるよ。見た目とか、気になったりするかな?」 「いいえ、特に。私のは手術をする場所の範囲が小さいから、1週間もあれば退院できるくらいの傷なんですね」 「そう。でも、1週間よりも早く退院できることもあるよ。それは傷の様子とかを見て、先生が判断してくれるからね」 「そうですか……」 ほのかちゃんの様子は、最後まで暗く沈んだままだった。
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