唇に花束を

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1週間後、彼女にとって何か重要なイベントがあるのだろうか。 夏休みだ。友だちとプールに行ったり花火大会に行ったり、考えられる可能性はいくつもある。 手術室に戻り、彼女のカルテをもう一度さかのぼってヒントがないか探していく。 そして家族情報の欄を見たとき、弟さんの誕生日が8月中旬であることに気が付いた。 「弟くんのお誕生日を家でお祝いしたいのかな」 絵美が当初考えていた見た目の問題は、本人は気にしていないようだった。 以前の手術後もその前も、「綺麗になってる」と喜ぶ様子だったとのことだ。 病室を訪問したときも、母親は弟が来たと行って出て行った。仲の良い姉弟なのだろう。 「明日もう一回ほのかちゃんの病室行って、それとなく聞いてみるか」 絵美の推測が当たっていれば、母親にも相談してほのかちゃんが納得のいく案を出せるかもしれない。 まだ時間はある。もう少し会話を重ねれば、見えてくることもあるだろう。 絵美は再びほのかちゃんの病室を訪れた。 「こんにちは。ごはんたくさん食べられてる?」 「こんにちは」 彼女は変わらずに表情が固い。今日は母親はいないようだった。 「昨日はお話してくれてありがとう。私が入院は1週間くらい、って言ったときにほのかちゃんが悲しそうな顔をしたような気がして」 絵美が切り出すと、彼女の肩がぴくりと震えた。 「別に、それは……」 「弟くん、もうすぐ誕生日なんだね。もしかしたら一緒にお祝いしたいとか、そういう理由で早く退院したいのかなって思ったんだ」 「あ……」 彼女は歯切れ悪くもごもごと口の中で何かつぶやくと曖昧に笑った。 「それは外れ、かな」 「そっか」 彼女の様子から、強がっている素振りは見えない。 弟の誕生日が気がかりという説は消えてしまった。 これ以上は聞き出せない。そう判断して絵美は病室を後にした。 しかし、このまま放置することも出来ないため小児病棟の看護師に情報共有し、理由を聞いてもらう役割を託して帰路に着いた。
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