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「……今日の夜、時間ある? 話があるんだけど」
そんな電話がかかってきたのは、今井美和子が会社を出て少し経った頃だった。赤信号を睨む美和子の耳に届く、思い詰めたような声。
「いいよ。何時?」
信号が青に変わり、美和子は人の波に押されるようにして、横断歩道へと足を踏み出した。渡りきる頃には電話は切れていて、目の前の最寄り駅とスマートフォンに表示される時刻を見て、重いため息をひとつ。
約束した時間までは一時間しかない。自宅に戻り着替えをする時間もシャワーを浴びる時間もない。
あの男はいつもこうだ。
慎重で臆病なくせに、妙に自分勝手なところがある。頑固なのだ。決めたらこちらがなにを言っても引かないところがあって、それは五年の付き合いの中、美和子の中で積もりに積もった不満のひとつでもあった。
あともう少し早く連絡してくれればいいのに。
約束を取り付けるなら通話じゃなくLimeでも良かったのに。
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