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会社のビルを出ると、一面に雪だった。まるで別世界でシーンとしていた。道路にも歩道にも雪が積もっている。植え込みは雪がこんもり積もって怪獣のようだった。 大地の家は、会社から徒歩二十分ほどのところにあると言う。パンプスを履いた美優が歩きにくそうにしていると、大地が支えてくれた。 「美優先輩、意外と小さいんやね。会社ではもっと大きく見えるけど」 「偉そうにしているからかな?」 冗談めかして言ったが、大地は「そんな意味と違います!」と真剣に言い返した。 「美優先輩は、偉そうにせえへん。誰に対しても優しい。俺みたいな新人にも……」 「そうかな?」 「それに美優先輩が提案したセミナーはいつもスムーズに運んで、評判もいいし、お客様によろこばれてはりますやん」 美優は大地が自分のことをよく見ていることに驚いた。大地に支えられて歩いているうちに、あたりは閑静な住宅街に入った。道中、大学の頃から、祖母の家の離れに住んでいること、祖母が優しい人だと話してくれた。大地の父は役所に勤めていて、母は専業主婦だという。大地ははっきり言わなかったが、実家はその地方の旧家で土地持ちのようだった。 大地が「美優先輩、うちはここやで」と言った家が、あまりに立派な純和風の家だったので、美優は驚いた。 「おばあちゃん、もう寝てるかな? 起こしたら悪いし、離れの方へどうぞ」 「ほんまにごめんなさいね。こんなに遅くに……」 離れも立派な建物だ。大地が、足を拭けるように乾いた雑巾を持って来てくれた。部屋に上がると、大地はこたつのスイッチを入れ、クラシカルな石油ストーブに火をつけた。灯油を焚くにおいが、なんだか懐かしい。 「何から何までありがとう。大地君が帰って来た時、誰も助けてくれへんし、心細いし、半泣きやった……」 「美優先輩ひとり残して帰ってしまうなんてみんな酷い」 「私がもっと美人やったら大事にしてもらえたかも知れんけれど……」 必死で仕事をしている美優のそばを、笑いながら帰って言った亮太と早紀の姿がうかんだ。大地たちが入社して来る前は、亮太と仲良くしていたのは、自分だったことを美優は大地に打ち明けた。 「亮太先輩は、私といるとしんどいって……」 「それは、亮太先輩にとって、親が大学教授で、できて当たり前って環境もプレッシャーやったと思う」 美優は六歳も年下の大地が、自分より良くものごとを見ていることに驚いた。そう言えば、他の男子社員と違って、大地は早紀を特別扱いしない。 「早紀ちゃんは、みんなにチヤホヤされるさかい、困ったことが起きた時、自分で解決する力がないねん」 「私は早紀ちゃんみたいに可愛げがないのかって悩んでいたけれど……」 「美優先輩は自己解決できる力があるし、誰かに媚びたりへつらったりする必要がない。そやし、周りの人を助けてあげられるねん。誰に対しても優しくできはる」 「大地君……」 亮太が早紀を特別扱いする度、自分をみじめに思っていた美優の心が、大地のことばで軽くなるのを感じた。 「美優先輩、お腹すいたやろ?僕、けいらんうどん作れるねん」 「けいらんうどん? ああ、卵とじのあんかけやね」 「作ってあげる」 「私も手伝うわ」 二人は台所でけいらんうどんを作った。おろし生姜が薬味だ。考えてみるとお昼にあわててお弁当を食べてから、何も食べていなかった。二人で作ったけいらんうどんは、空腹に染み入るように美味しかった。心も体も温めてくれるように感じる。ひとり残業していた時の不安や苦しさが嘘のようだった。 「そろそろ、日付が変わりますね」 「ああ……そやね。今日な、私の誕生日やってん。三十歳の……」 「ほんまに? なんや、お祝いの料理がけいらんうどんで堪忍して下さいね」 「ううん。誰にも祝われへんと思ってたさかい、そう言ってくれはるだけで嬉しい」 そういってけいらんうどんを口に運ぶと、温かさがまた身に染みる。大地をぼんやり見ながら、美優は今日一日のことを思い出した。オフィスで一人取り残されそうになったことをぼんやり思い出していた。 「温まりますね」 大地がそう言いながらうどんをすする。美優も微笑んだ。今このあたたかさは本物だ。 「ほんまや、温まるね」 そういって、美優も、けいらんうどんの丼を両手で包んだ。雪は、朝まで降るらしい。だがこのあたたかさの中なら、どこまででも頑張れる気がした。それは特別な、誕生日プレゼントだったかもしれない。               <完>
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