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その時、「あぁ、さぶぅ! 雪、きつう降ってるし」という声がした。外回りに出ていた垂水大地が、コートについた雪を払いながら、オフィスに帰って来たのだ。 「あれ? 美優先輩、雪がきつうなってきたのに、まだ帰らへんのですか?」 「うん、明日の会議に提出する企画書を急に修正するように言われて……」 「ええ! それって酷いですよね。急に……」 「こんな日にかぎってプリンターの調子が悪なるし」 月影早紀たちと昨年入社した垂水大地は、亮太のように目立たないが、切れ長の目が上品な、整った顔をしている。真面目な仕事ぶりで、地道に得意先をまわって、新規の契約を取ってきたりしているのだ。 「僕が見てみましょうか?」 大地は、コートを脱いで、プリンターの調子を見てくれた。今まで一人ぼっちで見捨てられたような気持ちだった美優はひどくほっとした気持ちになった。 「ほら! 動きましたよ! 紙詰まりがひどかったみたいですね」 「わあ……。ありがとう!」 「心配せんといて下さい。あとは僕がやっときますから」 そう言ってウインクし、大地は印刷機に向かった。その間に、美優が作業を終えると、横からすっとコーヒーが差し出された。 「砂糖もミルクも入れました。こんな時はちょっと甘い方がええし」 「気ぃ利くんやね、大地君!」 「美優さんほどやないです」 美優はコーヒーを飲んでホッとしたが、帰りの交通機関のことが気になり始めた。大地は、美優の様子で察したのか、スマホを取り出して、天気予報を見た。 「先輩、お家、どこですか? 電車もバスも運休してるみたいです」 「ええ! 私、米原やねん。琵琶湖線で通ってるねん」 「けっこう遠いですね……。この雪の中、歩いて帰れる距離やないし……」 ―大地くんが帰ったら、このオフィスで朝まで一人やろうか……― ―三十歳の誕生日はさんざんやな……― ―私はなんてついてないんやろうー ―仕事ができなくても、気が利かなくても、華のある美人は大事に扱われるのになー 美優の頭に、亮太の車で早々に送ってもらって帰宅した早紀が浮かんだ。前は、亮太の助手席に乗っていたのは、美優だったのに。 「美優先輩、僕の家は京都市内やし徒歩圏内です。僕の家に来ませんか?」 「そんな……。さすがに男の人の家には泊まれへんわ」 「あ! すんません! そういう意味とちごて。僕は、おばあちゃんの家に住んでいるんです。お客さんが泊まれる部屋もあるし……。僕は離れで寝泊まりしてるんです、もちろん危険なことなんてありませんから!」 大地の真剣な表情に、思わず美優は笑ってしまった。オフィスに一人ぼっちになるのは怖いし心細い。美優は思い切って言った。 「厚かましいけど、お家に泊めてもらうわ……」 つらい状況にあっても、誰かひとりわかってくれる人、助けてくれる人がいれば、のりこえられるという。美優は本当にその通りだと思った。大地が手伝ってくれたのは雑用だったが、気持ち的にはずいぶん救われたのだった。
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