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 私はもともととある貴族の長女だった。優しい両親に可愛い妹、穏やかな婚約者。いずれは婚約者とともに実家を継ぐ予定だったのだ。思い描いていた明るい未来が崩れたのは、私の胸元に「呪い」が出現してからのこと。 『かわいそうなシャロン。どうか許しておくれ』  嘘か真か、我が家の先祖は子々孫々まで家が繁栄できるように、悪魔と取引を行なったのだという。代償は、数世代に一度生贄を捧げること。悪魔は気に入った人間を見つけると、薔薇の蕾のような痣をつけるのだという。そして本人の感情と命を食らうのだ。  蕾は少しずつほころんでいく。花が色づき、大きくなればなるほど、私の体調は崩れやすくなっていった。  呪いの印が出てきたら、数年以内に命を落とす。恐ろしいことではあったが、泣いてもわめいても仕方がないと私は受け入れていた。呪いは予想外だったけれど、定期的に早死にするひとが出るということは明らかだったから、家系特有の遺伝性の病があるのではという疑いは持っていたのだ。  呪いは病と同様に、少しずつ体を蝕んでいくらしい。できるだけ残りの人生を楽しむためにも、早く婚約者と式を挙げよう。エゴかもしれないが子どもだって欲しいし、新婚生活も満喫したい。そう思っていた私に突きつけられたのは、非情な現実だった。 『お姉さま、赤ちゃんができたの』 『責めないでやってくれ。彼女に惹かれてしまった僕が悪いんだ』 『さすがに未婚のまま子どもを産むのは良くないの。あなたと彼で挙げる予定だった結婚式は、妹と彼との結婚式とさせてもらうわ。他に方法がないの』 『もちろんお前が傷ついているということはわかっている。許せとは言わないし、無理に式に出る必要もない。辛いだろうから、王都から離れて領地でゆっくりしなさい。お前には、心穏やかに余生を過ごしてほしいんだよ』  病気の姉の婚約者を妹が寝取ったなんて外聞が悪い。だから、私の病を言い訳にして物事をやり過ごすのだろう。それはつまり、私に非があると言っているようなものだ。今はまだ領地で静養などと話しているが、いつ貴族籍を抜かれるかもわからない。  私は領地へ向かうふりをして、黙って姿をくらました。彼らは家の発展のために、私の死すら利用するだろう。それだけはどうしても耐えられなかった。  思ったよりも早く呪いは私の体に広がっていたようで、逃亡はうまくいかなかった。土地勘もない場所ということもあって、少しばかり歩いただけだというのにもう息が上がる。けれどある場所に来ると急に楽になった。  そこは街の小さな神殿で、門の前では貧しい女性たちが花売りをしていた。身を落とすことがないように、神殿が彼女たちを保護しているらしい。  真っ青な顔でふらついていた私を見つけた彼女たちは、温かい飲み物を振舞い、体を休ませてくれた。そして何も聞かないまま、同じように花売りとして働くことを提案してくれたのだ。  私は家名を捨て、ただのシャロンとして働き始めた。深い事情は告げなかったが、言葉遣いや仕草の端々から訳ありの人間だということはみんな察したらしい。  生まれが平民ではないことに突っかかってくるひともいたが、黙々と働いていればそんな輩もすぐにいなくなった。  花売りの仕事は、不思議なことに私の体に馴染んだ。自分で言うのもなんだが、令嬢育ちで肉体労働などからきし。それにもかかわらず、売り物の花を扱っていると、胸の痣が痛むこともなくゆっくりと息をすることができた。  仕事柄、私に声をかけてくる男性はたくさんいた。興味、軽蔑、劣情、憐憫。いくらこの街の花売り娘たちがその身を売らないとはいえ、偏見は付きまとう。  けれどアイザックさまのように、淡々とした熱のない瞳は初めてだった。そして、それがこの求婚に同意した最大の理由でもある。私は、ただ静かに最期を看取ってくれるひとを探していたのだ。
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