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(1)
「君に恋をしてしまった。どうか、わたしとともに暮らしてもらえないだろうか」
「まあ嬉しい。それでは約束してください。私が死ぬときは、ちゃんと看取ってくださると」
「ああ、もちろんだよ。約束しよう、愛しいひと」
目の前の美しい男は、そう言って誓約魔法をかけてみせた。ところが彼の目は、これっぽっちも熱をはらんでいない。恋心などあるはずがないというのに、花売り娘の私に求婚してきたのだから何か訳ありなのだろう。
突然始まった歌劇のようなやり取りに、道行く人々が足を止めた。静かな夜道が、急に騒がしくなっていく。まったく本当に困ったひとだ。押しつぶされそうな周囲からの期待。だからこそ絶対に断らないであろう花売り娘に声をかけたのかもしれない。
普通に考えれば怪しすぎる申し出だが、誓約魔法を使いこなす彼の気配は清廉なものだった。彼の手を取れば死に際をひとりきりで過ごさずに済む。だから唐突な求婚を心から喜んでみせる。まるで昔から彼に恋をしていたのだとでもいうかのように。
アイザックさまと私の結婚生活は、こんな風に唐突に始まった。
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