母、加奈子

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 三年前の一月、テレビのニュースでは十年に一度の大寒波が到来、大雪に警戒するように繰り返し報道されていた日の事だった。普段は殆ど雪の降らないこの地域でも、夕方頃からチラチラと白いものが舞っていた。 「ねえ、お母さん。頼んでた漢字ノート買ってきてくれた?」 「あっ……」  当時、小学五年生の咲希に漢字ノートを買って来て欲しいと頼まれたのはその二日前だった。私はすっかり忘れていたのだ。 「ごめん。明日買ってくるから。まだ間に合うでしょ?」 「無理! 今ないと宿題が出来ない。 何で買ってきてくれなかったの? 頼んでたのに!」 「だからごめん、て。とにかく、今日は他のノートか別の紙にでも…」 「いやだ! 漢字ノートじゃないと宿題が出来ない! 買ってきてよ!」  近所のスーパーはもうとっくに閉まっている時間だった。駅前のスーパーなら間に合うかどうか。躊躇する私に夫が助け舟をだしてくれた。 「中央駅の方のスーパーならまだやってるだろう。よしっ、お父さんが買ってくるよ」 「だけど、こんな寒い日に…」 「大丈夫、自転車で行けばすぐだから」  春の太陽みたいに明るい笑顔でそう言うと、夫はすぐに出かけていった。誰が想像しただろう。それが夫との最後の会話になるだなんて。  チラつく雪、居眠り運転のトラック…悪条件が重なったのだ。  あの日、咲希がほんの少し我慢をしてくれていれば。  血の気の失くなった夫の顔、赤く汚れた漢字ノート……三年経っても、思い出す度に鮮明になる記憶。それと同時に、私は理不尽な怒りを咲希にぶつけてしまうのだ。そんな私を黙って見つめる咲希の目は、私の心の内まで見透かしているようで、まともに視線を合わせられない。  だけど。私には陽輝がいる。夫に良く似た優しい子が。陽輝が居れば、陽輝さえいてくれたら………
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