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陽輝、高校二年生
帰宅して玄関のドアを開けた途端、母が慌てて出迎えに飛んできた。
「ただいま」
「おかえり! 陽輝の好きな唐揚げ、もうすぐ出来るからね。ちょっと待ってね」
「うん。ありがとう」
部屋には既に揚げ物のそそる匂いと、出汁の香りが広がっていて、空っぽのお腹が刺激される。母親はキッチンカウンターの向こう側で、トントンと小気味よく包丁の音を響かせた。
「ちょっと、咲希! ボサっとテレビばっかり観てないで少しは手伝いなさい!」
母は手を止めないまま、妹の咲希に小言を飛ばす。咲希は黙ったままソファから立ち上がりテレビを消した。
「母さん、手伝いが必要なら僕が手伝うよ」
「あら、陽輝はいいの! 学校と部活で疲れてるでしょ? ご飯が出来たら呼ぶから待ってて」
中学二年生の咲希だって、学校も部活もあっただろうし、疲れているのは同じはずだけど。母が手伝いを言いつけるのは、咲希だけと決まっている。
「ちょっと、黙って突っ立ってないで、さっさと動いて! ホントにアンタって子はノロマなんだから! 何その不貞腐れた顔。可愛くないんだから愛想くらい良くしたら? 女はね、愛嬌! 笑いなさい!」
いつも、ノロマだとか可愛くないだとか言われて誰が笑えるのかって思う。
三年前に父が亡くなってから母は変わった。何故か咲希にばかり辛く当たるようになった。
仏壇の側の写真の中、時が止まったまま笑う父と視線を合わせ、心の中で語りかける。大丈夫だよ父さん、咲希は僕が守るから……
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